続・オランダの衛生観念

昔、格闘ゲームでヒップアタックというのがあった。

名前の通り、ケツで攻撃するのである。だいたいこの手の技は女性キャラクターのお色気攻撃として繰り出される。エビ反りの格好で、ケツから相手にぶつかっていくのだ。

ふつうに考えればわかるが、そんな攻撃が成立するわけがない。しかし、まさか現実世界でヒップアタックを拝める日が来るとは思わなかった。

ある日、行きつけのバーを訪れると、新人の店員が働いていた。私はいつものようにビールを注文した。

彼女はまず、ビール瓶の栓を抜いて私の前に置いた。そしてこちらに向かってちょうどヒップアタックをする格好で、カウンター奥のステンレスの台にケツから飛び乗った。

えっ、となった。彼女の背丈では、棚の上にあるそのビール専用のグラスに手が届かないのでそうしたらしい。

むろん、これまでも彼女と同じくらいの背丈の店員は何人もいた。しかし、そのような人はみな踏み台を持ってきて、それを使ってグラスをとっていた。

彼女はまだ20を超えたばかりで若い。身軽で元気なのはわかる。確かに踏み台よりケツを使った方が早い。実際、早かった。

しかし、たくさんのグラスが置いてあり、レモンや生姜なんかを切る場所でもあるステンレスの台にケツから飛び乗るというのはいかがなものか。日本なら不衛生以前に非常識のそしりは免れない。

だが、ここはヨーロッパである。彼女は得意技とばかりに毎回ヒップアタックを繰り出した。そして案の定というべきか、ある日、彼女のケツが暴走し、積まれたグラスが吹き飛んだ。割れて破片がカウンターに散乱した。まさに「ヒップアタック」になってしまったわけである。

他のバーで、オーナーがまだ幼い娘を連れてきていたことがあった。いかにも溺愛している様子が微笑ましい。しかもおぼつかない手つきでビールを運ぶお手伝いなんかするものだから、客はみな目尻を下げていた。

と、店員が、ビールを運ぶ際にいくらか床にこぼした。それを見ていた彼女は、さっそく自分の出番だとばかりに、雑巾を持ってきて拭き始めた。

そこまではいい。しかし、周りに褒められて勢いづいたのか、床を拭いた雑巾で客のテーブルの上まで拭き始めた。私は内心、おい、だれか注意しろと思ったが、誰も止めに入る様子はない。挙げ句の果てに、彼女はカウンターの上に土足のまま寝転がり、ごろごろ、きゃぴきゃぴ、オーナーとじゃれ合いはじめてしまった。

ああ、オランダの衛生面よと思わずにはいられなかったが、とにかくは楽しげである。幸せそうである。日本人が衛生云々と割って入る余地などないことだけは確かである。

またある時、アムステルダムの雑貨屋でバイトをする機会があった。そしてまたしても彼我の価値観を問われる光景を目撃した。ある女性が、堂々とピアスの試着をしていたのである。

ふつう、ふつうであれば、異常ではなく正常であれば、ピアスをつまんでちょっと鏡の前で耳元に当ててみるだけではないだろうか。しかし、彼女は鏡の前で堂々と自分の両方の耳にピアスを完全にぶっ刺していた。

それは極端な話、男性器のバイブの使い心地を確かめたいからちょっと突っ込んでみていいですかというのと同次元ではないか。耳の穴のほんの入り口ならば、かろうじて皮膚的接触に分類されるかもしれないが、その内部となるともはや粘膜接触である。いっそバイオテロもいいところである。

人間、自分が「ふつう」だと思っていることは、世界のどこに行っても死ぬまでそのようにする。日本人は、世界のどこに行こうが、家に帰れば靴を脱ぐし、うがいや手洗いもやめられない。それが「ふつう」だと思っているからだ。

よく言われるように、日本のふつうはふつうではなく、むしろ異常である。しかし日本から見れば、海外の、外国人の感覚はしばしば異常である。

つまり、昨今話題になる移民とは、日本人の価値観から見て、「異常な感覚を持つ人々」を呼び寄せることに他ならないのである。

近年、多文化共生だの多様性尊重だの、お互いの文化を知り、相互理解を深めましょうなどというが、なぜ日本に住んでいる日本人の方が努力しなければならないのか。理解し歩み寄るべきは外からやってきた人々であって、我々日本人ではないはずだ。

たとえば、火葬に我慢ならないなら、日本に住めないというだけの話である。豚肉が無理なら、勝手に自前で好きな弁当を作ってくればいい。日本側が譲歩する、ましてやご丁寧に用意して差し上げるべきものではないはずだ。

財政界はじめ、世論は何かといえば移民の根拠を経済問題に押しつける。日本は少子高齢化で、もはや自国民だけではどうにもならない。ゆえに移民に頼るしか道はないと。

本当だろうか。すでに実用的な家庭用ロボットの販売が始まっている。介護現場で稼働できるレベルのヒューマノイド型ロボットも数年以内には現場に投入可能だとも言われる。現に、AIの急速な発展により、Amazonなどの大企業で大幅な人員削減が始まっている。AIは確実に必要な労働人口を減少させる。にも関わらず、右も左も労働人口が足りなくなるとしか言わない。

移民が必要だという結論ありきの政策を進める前に、できることはいくらでもある。どう考えても注力すべきはそちらではないか。外国人の誘致、または優遇、補助金など、最後の手段とすべきものである。

安易に他人により頼まず、まずは自力でどうにかしようとするのが成熟した大人の考えというものではないか。かつて、戦後GHQの最高司令官として日本の占領統治に当たったダグラス・マッカーサーが、「日本人は12歳の少年のようだ」と言ったのは、けだし名言で、日本は戦後80年経ってもなんら成長がないガキのままなのだと言われても仕方がない。

そもそも、この移民云々の議論においては、往々にしてもっとも大事な点が欠けている。日本人らしい日本人が住んでいない日本は、もはや日本ではなくなるということだ。

まだ移民政策のごく初期段階にある現在でさえ、日本各地で深刻な問題が噴出している。外国人の主張の強さは日本人の比ではない。まず間違いなく負ける。相手の言い分を飲むことになる。ひとつひとつの妥協は小さくても、日本中で何千何万の妥協を積み重ねれば、確実に国の形は変わる。

いつか、日本におけるマジョリティは移民となる。すると、そもそもの「移民問題」自体が消滅する。日本に「日本人問題」など存在し得ないのと同じである。同時に、そのとき日本という国はもはやない。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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2026/01/02 更新 おごりおごられ永遠に

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