ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

聞かなくてもいいこと

世の中には聞かなくてもいいことがある。

つい先日、滋賀県の大津市で保育園児の散歩中に起きた事故の報道について思う。

開かれた保育園側の記者会見、亡くなった園児らについてなんて、聞かなくてもわかる。遺族への報道についても同じ。胸の内なんか、聞かなくてもわかる。馬鹿でもわかる。

マスコミとてきっと馬鹿ではないだろうし、むしろえらい人たちばかりだろうに、わかっていることを聞く。

それは仕事で、メシの種で、つまるところ金になるからそうするのだろうとは思う。

じゃあ、それなりの金を払ってやれば、余計なことを聞かなくなるものだろうかと考えてみると、たぶん彼らはいくら積もうがやっぱり聞く。

そもそも人間なんてものはとことん下世話で下劣なのであって、聞かなくてもいいことを聞くし、知らなくてもいいことを知ろうとする。

マスコミに恥を知れなどと叫ぶ人は少なくないが、むろん私もそのような思いに駆られもするが、結局は彼らとて我々と同じつまらない人間で、だとすればどうしようもなく我々の本性の写し鏡なのだろうと思う。

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