こんなはずじゃなかったの世界
遠い知人について耳にする。結婚して、出産して、しかしその3ヶ月後に旦那が浮気して、近々離婚するのだという。
彼女についての記憶は多くないが、それでも当たり前の人間にある喜怒哀楽の怒りや悲しみをにじませる様子くらいは目に浮かぶ。
何事にも因果というものがある。とはいえ、大それた高望みをしていたわけでもあるまい。むしろささやかに過ぎるほどの、この世に無数にある月並みな人生のひとつになるようにと願うほどであったろうと思う。
べつに結婚が幸福で離婚は不幸だなどと言うのではない。しかし、少なくとも離婚するつもりで結婚しようとする者はいないのだと断っておきたいだけである。
この歳になると、自分も含め、同年代の人たちの「人生の結果」とでも言うべきものが見えてくる。父や母になったのをはじめ、ある人は絵をやめ、ある人は農業を始め、ある人は会社を起こしたりという「結果」である。
私はそれらを見るにつけ、人生とはこういうものだったのかという感慨を深める。それは多分に失望を含んでいる。しかし、それに見合う程度の諦念もあるために、なんとか絶望せずに済んでいる。
しかし、ひとつ腑に落ちないのは、あの時ああしていたら、こうしていたらという「if」の思いが露ほどもないということだ。何かを間違えていたのだとすれば、まだ納得がいったろう。そう、とどのつまり人生とは何をどのように進めようがこの程度のものだったのだということを認めざるを得ないのである。
それはどう考えてみても虚しさ以外のなにものでもない。しかし、どうして虚しさは安寧にも似て、そのせいだろう、近頃とみに私は心穏やかなのだ。遅かれ早かれくだんの彼女の胸中にも芽生えるだろうそれは、あながち不幸の種でもないように思うから、御子ともどもつつがなく育まれるよう遠く願っている。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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