悲しめない死

最終更新: 2021/08/27

祖母が危篤だと、母に起こされた。

夜の11時近く。私はすでに気持ちよく夢の中を泳いでいて、眠気と面倒くささの方が先に立つ。

しかし10秒ばかり考えて、ふだん、リアルな死に接する機会はあまりないので、これはバカみたいに寝ているよりも価値があると思い直し、さっさと身支度を整えて老親とともに病院へ向かった。

よくよく考えれば、危篤とはなんだろうか。調べてみると、要するに「今にも死にそうなこと」である。私の認識と相違はなかったが、しかし危篤という言葉とその実際とは、どこかずれがあるような気がする。

病室に通された時には、祖母はすでに事切れていた。ベッドの奥に据えられた心電図モニターが、冗談みたいに「0」の数値を示し点滅していた。

涙の一滴も出なかった。もう96歳で、長く施設に入っていたし、いつ死んでもおかしくない。というか、日が昇れば沈むくらい当たり前のことで、おもしろくもなんともない。

祖母とは私が生まれた時からずっと同居で、とても世話になったのではあるが、最期までこれといった愛情や好感が持てなかった。

熱心な創価学会員だが、決して悪い人ではないし、善人といって差し支えない人間だとは思うものの、それが逆にハナにつくというか、話がいちいち説教じみていて、妙な嘘くささがあった。

毎朝仏壇に炊きたてのご飯をお供えし、南妙法蓮華経と念仏を唱える。そして日蓮だか池田大作だかに丸一日お供えされてカピカピになったご飯を、夕暮れ、皆が食べる炊飯器の中に戻されるのは子供心にも気持ちが悪かった。

あるいは、通販のニッセンのカタログに、よくコンドームや性技のビデオなんかが紹介してあるエロいページがあるが、それをわざわざ几帳面にノリづけして見せないように加工していた。私は私で、それを自室に持ち込みご丁寧に開き直してオナニーしていたりもしたのだが、知らぬが仏であろう。

まあ、高校を出るまでの18年間はひとつ屋根の下に暮らしたわけなので、思い出ならばいくらもあるが、しかし、思い入れらしい思い入れは、いま、冷静に考えてみてもまったくと言っていいほど見当たらなくて、涙のひとつも絞り出せそうにない。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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