オランダ移住のお知らせ

このたびオランダに活動拠点を移すこととなりました。というか、しました。

2016年にシンガポールへ、そして2019年にアメリカ、ロサンゼルスと移り住み、これで3カ国目になります。

例によって下見も何も一切していないので、オランダどころかヨーロッパへ行くのも初めてです。さすがに外国慣れしたのでどうということはありませんが、硬水の影響でハゲるのではないかということだけが心配です。

今回はコロナの影響で確保していた飛行機が欠航になったり、先の第5波の感染拡大を受けてオランダ政府から日本がハイリスク国に引き上げられ追加書類が必要になったり、予約したAirbnbのホストに5回もキャンセルを食らい(すべて別のホスト)結局ふつうのホテルを確保するはめになったりと、雲行きの怪しさが過去最高でした。

それで告知をぎりぎりまで先延ばしにしていましたが、さすがに明後日ともなれば大丈夫だろうということで、ここにお知らせする次第です。

思い返せば、昨年10月にロサンゼルスから日本に帰ってきて、ちょうど一年。東京羽田近くのホテルで14日間の隔離生活を送り、それから広島にある実家で今日まで過ごしてきました。

その間、思いつきで会社を作って肩書だけは法人の代表ということになりました。いきおい、責任感のような使命感のようなものが芽生え、あるいは、これからここで一生を暮らし、骨を埋めることになるかもしれないとも思いました。

しかし、たまたまフィリピンに拠点をもつ企業と面談する機会があり、特定の企業にフルタイムワーカーとして雇われずともビザをとって海外移住できる可能性があることを知りました。

自分の会社の仕事を続けつつ、週2、3ほど現地の社内スタッフとして働く。その話は結局立ち消えになりましたが、その時、長らく忘れていた感覚がよみがえりました。高揚感、つまり、人生が大きく動くかもしれないという胸の高鳴りです。

ああ、そうか。やっぱり私は人生を動かすのが好きなんだなと思いました。

数日後、オランダに住むTwitterつながりの知人(といっても会ったことも話したこともなく、ただ相互フォローしていて時々いいね!し合う程度の関係)の日常のツイートを目にし、深い考えもなしに以下のようなメッセージを送りつけました。

TwitterのDMの画面キャプチャ

『ご連絡失礼いたしました』と、携帯の自動変換にうながされるままに書かれたことが明らかな、我ながら適当な文面です。いまさらですが、ぶしつけな連絡、大変申し訳ありませんでした。

これを送ったのが、2021年7月16日の早朝5時31分で、3ヶ月ほど前のことです。オランダと日本はサマータイム時で7時間ほどの時差がありますが、なんと1時間ほどで返信がありました。

その方によると、オランダで日本人は優遇されており(1912年に取り交わされた日蘭通商航海条約のおかげ)、諸外国に比べビザ取得が容易だとのこと。自分でも改めて調べてみたところ、確かにその通りらしいことがわかりました。

なるほど。知らなかった。そうだったのか。じゃあ、オランダに住もう。即決です。が、先立つもののない男ですから、100万ほどの資金を準備するため、渡航は3ヶ月後と決めました。そして今がその3ヶ月後です。

同居している老親には現在の世界状況を案じられたりもしましたが、しかし、来年とか再来年とか、あるいはもうちょっと状況がよくなったらという漠然とした態度では、永遠にそのベストな日はやってこないと、私は思う。

人間、すぐ死にます。だから、思いついたら、今すぐやった方がいい。無理してでもやった方がいい。

日々小さく、どこか気弱にもなりつつある母親には、どうして外国でなければならず、東京などでは駄目なのかとも言われました。

しかし、ふたたび東京に住んだところで、昔すでにやりつくしたことを同じように繰り返すだけだろうことが目に見えるのです。なにより、もはや私にとっての東京は、がんばってお金を稼ぎ、高い家賃を払ってまで住みたいと思えるような魅力ある場所ではないのです。

逆に、オランダに限らず、外国には、ある。そこに住むために、汗水たらして働こうと、なんとか生き抜こうと思える。働くことが死ぬほど嫌いでいっそ死にたいと常々思っている私が、です。

なにがそんなにいいのかと問われれば、地方から上京したことのある人ならわかるかもしれません。そこに何があって誰と出会ってどんなことが起きるのかなんてさっぱり知らないしわからなかったけれども、とにかくは、どきどきとして、ときめいた。

たいそうな理由なんてまったくなくて、ただ、それだけだったと思う。私は、それが好き。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家/WEBデザイナー/合同会社シンタク代表。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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