ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

釣り場を変えれば

さるギャラリーからお声がかかる。とはいえ降って湧いた類のものではなく、私の売り込みメールに対する返信である。だとしてもギャラリストの側からお会いしましょうという展開になることはまずない。

今まで日本とシンガポールにおいて、あちこちのギャラリーやアートスペースに100通以上は営業メールを送っているが、返信があったのは1割程度、そして実際に会う所にまでこぎつけられたのはたった4件である。しかし、会うことになれば100%なんらかの展示の機会を得られていることを考えれば、打率としては悪くないのかもしれない。そもそも多忙を極めるギャラリストに時間を割いていただけるということ自体、幸甚なのだろうと思う。

メールを受け取ってから約2週間の後、ある平日の昼下がり。私は作品のポートフォリオと実物の作品数点を持って、シンガポール中心部の一等地にあるそのギャラリーを訪れた。

私は緊張していた。それは私の作品云々よりも、英語できちんと説明し、十分にアピールすることができるのかという点においてであった。それは事前に用意し練習していた英文に「I brought 5 pieces of artwork. Where can I display them?」などという観光客まがいのものが含まれていることを考えれば無理もなかった。

実際、その英文はそのまま使われた。それを皮切りに、私は私の脳みそを裏返しにしてみせる勢いで話した。そこにいる時点で一定の評価はされているのだろうが、それにしても好意的に過ぎて、終始interestingやfascinatingと形容され、しまいには何か売りつけられるのではないかと不安になるほどであった。

だが一方で、具体的な今後の話はなかなか出てこなかった。それで私の頭の中には、彼らからのメールの一文が思わせぶりな女性のようなじれったさでちらつていた。いわく「perhaps work together on a show in 2018」――perhapsの可能性は30~50%である。どちらに転んでもおかしくはない。

それでもどうにか「work together」的なプランを引き出すことはできた。日本で活動を続けていてもまず得られなかったろうチャンスだと思う。もっと、国が違うだけでこうも反応や評価が違うものかと不思議にもなる。

かつて日本で、なんの公募にもかすらずまったく展示にも呼ばれず絶望していたことを考えると、その思いはさらに深まる。日本が世界のすべてではない――当たり前に過ぎることではあるが、私はそれを現実の選択肢としては知らなかった。

あるいは釣り人にとって、釣れないなら釣り場を変えるのは当然のことであろう。そう考えると、私はずいぶんと長い間、はなから釣れるはずもない場所で、ぜんぜん釣れないとへたり込んでいたのかもしれない。

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