ブタゴリラアメリカ

今日は一年半ばかり暮らしたアメリカで最後の夜。

やたら卵のからが混じっているアメリカンなオムレツをじゃりじゃり食べていると、ふと、ブタゴリラのことを思い出す。

ブタゴリラって誰という人は、検索してから出直してきてほしい。今はそれどころじゃない。忙しい。

ブタゴリラは頭がおかしい。ふだんからみんなに「ブタゴリラ」と呼ばれて平気なのだ。正気じゃない。

ブタゴリラの立ち位置は、ドラえもんで言うところのジャイアンと同等である。だからしばしば威張り、怒りもするのだが、しかしブタゴリラと呼ばれることに対してはこだわりがない。

そこまで考えて、私はこのアメリカでブタゴリラを演じたのではなかったかと思う。

たとえばジャパニーズと呼ばれること。それは私にはどうしようもできない属性で、そこにどんな悪意が込められていても怒ることができない。

あるいは、シンタクさんと呼ばれること。私はそんな苗字で、ラストネームで呼ばれるためにアメリカに来たのではない。あくまでもファーストネームで、トモニと呼ばれるためにここに来たのだ。

もちろん、私はシンタクさんと呼ばれて怒ったりはしない。その時はただ、「はい」と、悲しく答える。だけど裏では、存分に悪態をつく。

感情をその場で表す人は多くない。たいていの大人は、その場では怒りもしないし、泣きもしない。微妙に唇を噛みしめるようにゆがめるだけだ。そして呑み込んだ感情を、家まで持ち帰って、すこし泣いたりする。怒ったりする。

そう、時差がある。たとえば、ブタゴリラと呼んで、呼ばれて、24時間後にブタゴリラが怒ったら、誰もそれをブタゴリラと呼んだことに対して怒ったのだとは思わない。

もちろん、子供ならその場で怒るし泣きわめく。それは一種、幸せなことだ。でも、大人であればこそ、かなり後々まで引きずって、もはや誰も覚えていないくらいまで引きずって、そしてようやくで怒ったりする。

誰も知らない。何が原因で、何が結果か。ブタゴリラはピエロかもしれない。大人かもしれない。こんなことを今、わざわざアメリカで考える必要はない。全然ない。ただ、ブタゴリラのことが、今は気になる。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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