いつかの父と今のぼく

  2016/04/08

昔のことをよく思い出す。しかし、今までの「子供の頃はよかった」的なピーターパン症候群崩れとは違っている。

たとえば、昨夜は眠る前にこんなことを思い出した。

ぼくが小学校3年生のとき、ある日、父がノートを買ってきてくれた。それは普段使っていた30ページくらいのノートではなく、100ページもあるぶ厚いノートだった。ぼくは絵を描きまくるだけなのだが、やけに喜んだことを覚えている。

まあ、そこまでなら今まで通りなのだが、最近では、その時の父の気持ちを考えてしまう。どんな気持ちでそのノートを買い求め、どんな気持ちで手渡したんだろうか。ぼくの反応を見て、どう思ったんだろうか。

それから、毎日バイクで会社に通っていた父のことを思う。風の日も、雨の日も、あるいは嵐の日も、おそらく片道30分くらいはかかるであろう会社までの道のりを、どのような気持ちで走っていたのだろう。

毎日、7時過ぎに家を出て、夕方の6時過ぎには帰宅していた。ほぼ100%、その通りであった。

今考えると、ぼくと違って仕事熱心、というか、そもそもやっている仕事が一番好きなことなので(機械設計とかをしているエンジニアである)、本気で取り組んでいたはずなのだが、しかし、残業で遅くなるとかいうことはまずなかった。

あれは、いったいどうやってやり繰りしていたんだろうかと思う。

帰ったらまず風呂に入る。上がれば7時前である。それから家族そろって夕飯を食べる。7時から8時ごろまでは、ニュースを見たい父と、アニメを見たい子供らでじゃっかんもめたりするものの、絶対的なものはなく、ニュースを見るときもあれば、アニメを見るときもあった。

8時からは、月曜日であれば――これは中学か高校くらいの時のことだが――みんなで「世界まる見え」を見た。家族全員、その番組が好きだった。よく笑った。だから、月曜日の8時からは一大イベントであった。

番組が終わって9時を回れば、父は床に入る。そのため、幼少の時分のぼくの就寝時間は基本的に9時であった。いや、家族全員9時であった。それで、そのころ流行っていて学校でもよく話題になった、9時か10時からやっていたらしい、とんねるずの仮面ノリダーというのを、結局ぼくは一度も見たことがない。

それはともかく、そのような生活のいちいちを思い出す。そして、父の気持ちに思いをはせる。よくよく考えれば、いろいろ買ってもらったなあなんて思う。そのひとつひとつを、父はどのような気持ちで買い与えたのだろう。

いま、自分がそのような父親の立場であってもおかしくない年齢になったからこそかもしれない。まあ、ぼくはそのような立場とはまったく縁遠い人生を送っているので、想像することしかできないが。

いろいろ考えてみる。思ってもみる。そうしているうちに、なんとも言えずもの悲しい、切ない気持ちになってきて、目頭がじーんとしてくる。ほどなく、しっとりと濡れてくる。

眠れなくなり、何度も寝返りを打って、あーとか、うーとか言う。「なんだったんだろうなあ」と、わざとらしく声に出して言ってみる。「あー、あれはなんだったんだろうなあ」。答えも何もないんだけれども。

いつ寝たのか、とにかくは朝がきたのだが、しつこく昨夜の心持ちは続いていて、絵を描きながらまた、目頭がじーんとしてきたりする。

このような毎日に対する漠然とした疑問。ぼんやりとした不安。何やってんだろうなあと思う。おれはこれでいいんだよ! 結婚も子供も考えてねえんだよ! とにかく芸術するんだよバカ! というようなエネルギーがいつもいつもあるわけでは、決してない。とか書いてるぼくの眼の端から、また漏れ出す水がある。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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