おなじ街に住んでいる
2017/08/22
おもいだすのはきのうのよるのこと。
学校のあと、友人宅に寄って手料理をつまみに飲んで、電車に乗る。
零時を回ろうとしていて、ひどく眠い。
各駅停車で、まだ終電には時間があることもあって、車内は空いている。
手すりに寄りかかって、まぶたが落ちたり、上がったりにまかせている。
下北沢に着いて扉が開き、乗降客が動く。
そこに見覚えのある姿が乗り込んでくる。一瞬、誰だかよくわからなかったが、樋口と田川である。すぐに駆け寄って、肩をたたく。
たいして親しくない人だったならば——それはぼくにとってほぼすべての人だが——むしろ声はかけない。見て見なかったふりをする。めんどうだから。
しかし出会うとうれしくなって、ためらいなく声をかけられる人がいることが、素直にうれしい。
奇遇も奇遇であって、声がはずむ。ついさっき珍しく樋口からメールがきていた内容、広島に帰る前に旅行に行こう、ということについて話しだす。
広島に帰ったら東京より東に行くこともなくなるやろ、というわけで金沢だとか、11月だとか、なんとか。そうそう、田川は最近入籍して、今週末からはニューヨークに行って、結婚式を挙げるという。
祖師谷大蔵で田川が降りる。おなじ街に住んでいる樋口はそのまま乗っている。二人で見送る。別れ際によくある、またなとか気を付けてとかありがとうとかのお互いの声がかぶさり合いながら、扉が閉まる。
今日のブログを読んだかと聞く。読んだというので、例のカンヌのショートムービーについて話す。説明するものの、さっぱり想像がつかないという。じゃあレンタルが日曜までやけん借りて行けよと言って、二人して登戸で降りる。
家に着く。持ってくるからちょっと待っててと言おうかと思ったが、なんとなくなりゆきで一緒にエレベーターで上る。
またなんとなく、なりゆきで、ちょっと上がっていくかと言うと上がっていくというので、ビールとワインだったらどっちがいいかと聞く。ワインだといい、15分くらいで帰るからと言う。
話す。ただただ、他愛のないこと、他愛のあること、いろいろと、話す。
15分は、なんの気もなく2時間近くになっていた。
もう2時か、ついでやけん、帰ってこの映画見ようかな、ありがとう、じゃあまたなと言って、玄関で見送る。
扉が閉まる。ひとりになる。米をとぐ。炊飯器のタイマーを5時にセットする。シャワーを浴びる。ベッドに入る。
おなじ街に住んでいることを思う。おなじ時間を生きていることを思う。おなじ時空……なんていうと大げさだが。
いつのまにか眠りこけていてまた陽は昇っている。
2時間前に炊き上がったごはんのにおいが、ぼくの鼻をくすぐる。
そうしておもいだすのは、きのうの、おとといの、そのまたまえの、いつかのよるのこと。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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2007年より開始。実体験に基づいたノンフィクション的なエッセイを執筆。アクセス数も途切れず年々微増。不定期更新。
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