そのヒゲ、合法だけど減点(ヒゲは権利だと裁判に訴えたニュースに接して)
2019/01/17
今朝、ひげをたくわえることを希望する者の一人として、看過できないニュースがあった。
既にご存じの方もそうでない方も、まずはご一読いただくことにしよう。
「ひげ禁止は憲法違反」 地下鉄運転士、大阪市を提訴
大阪市営地下鉄の男性運転士2人が、ひげを理由に人事評価を下げられたのは人格権を保障した憲法に違反するとして9日、市に1人200万円の慰謝料などを求める訴訟を大阪地裁に起こした。運転士は「ひげの手入れを怠ったことはない。一律だめというやり方は納得できない」と話す。~中略~50代のベテラン運転士2人は上司からひげをそるよう言われたが従わず、13、14年度の人事評価は5段階で最低か、下から2番目だった。
2人は、基準に従わなかったことを理由に「規律性」などの項目で減点されたと主張。ひげは服装や髪形と同じく個人の自由であり、基準に従わないことを理由に人事評価を下げるのは違憲だと訴え~中略~
引用元【朝日新聞デジタル 2016年3月10日01時51分】 http://www.asahi.com/articles/ASJ3865J6J38PTIL02M.html
とりあえず思うのは、このニュースについてのコメントでも見かけたが、「平和だなあ」ということである。次いで思うのは、これまたすでに他の人が言及していたが「そういう仕事なんだからひげを剃って当然」ということである。
そう考えると、いかに自分がふつうで凡人かということがよくわかる。そうして、もう私が言うことは何もないような気がする。きっと「あんたに言われなくたって皆そんなことわかってる」わけで、いや、だがしかし、あえて私はこのひげ論争に参戦したいと思う。自分ではイカすと信じている、私のこの無精ひげにかけて!
さて、鼻息荒く参戦を表明してみたわけだが、まずは冷静に論点を整理してみたい。以下の通り、5つの争点を掲げて論じたいと思う。
1. ひげは違法か
2. ひげを剃らせるのは違法か
3. ひげを伸ばして仕事をするのは違法か
4. ひげで評価を減点するのは違法か
5. ひげは素敵か
では、さっそくひとつひとつ見ていくことにしよう。
1. ひげは違法か
言うまでもなく違法ではない。仮に違法だとしたら、オウムの麻原彰晃などは拉致監禁やサリン以前にとっくにブタ箱にぶち込まれていたことだろう。田代まさしについても同様のことが言える。
2. ひげを剃らせるのは違法か
これは場合によっては違法となることもあるので注意が必要である。例えば、護送でもするように両脇を屈強な男に押さえつけさせて床屋まで引きずり、そのうえ椅子に縛りつけて剃らせたというのであれば、強要罪か何かの法にも触れよう。しかし、あるいは呑みながら、「君の気持ちはようくわかるが、会社が許さんのだよ。頼むよ。そのひげ、ちょっとでいいから剃ってくれないか。手伝うよ」などと一晩も二晩もかけてじっくり説得し、その結果めでたく入刀というのならまったく合法であるし、むしろ美談にさえなるだろう。
3. ひげを伸ばして仕事をするのは違法か
違法ではない。そんな法律はないだろう。好きなようにしたらよろしい。しかし、それによって仕事に支障が出る可能性は否定できない。たとえば、営業の人であれば、そのひげの印象如何で契約を逃した。あるいは接客業であれば、ひげの好悪によって客足の増減などは、十分に考えられることである。詳細は次項に譲るが、とにかくは違法では決してない。その点だけは、のびのびと自信を持ってひげを伸ばしてほしい。
4. ひげで評価を減点するのは違法か
これがもっとも重要な問題の核心だろうと思う。まず、結論から言うと違法ではない。なぜなら、いやしくも会社と名のつく団体であれば、根本に利益を追求するという大前提があるからだ。そこで、利益に反する行いをする者を〈不要〉と考えるのは当然であろう。その考えからすれば、ひげは立派な〈リスク〉なのである。
クレームや損害などひとつも出ていないではないかというような話ではない。会社として不利益をこうむる〈おそれ〉があるものを黙認するということは、その存続にさえ関わってくるのである。いささか大げさに過ぎるかもしれないが、そのひげを放置したばかりに、会社が傾き、果ては倒産し、そうして100人200人といった人々が職を失う可能性だってあるのである。
そこにおいて、ひげは個性や自由、あるいはひげの綺麗や汚い、ひげの手入れの云々などとは全然関係がなく、ただひたすらに〈問題〉なのである。それでもひげを生やしたい。会社にいくら言われても、おれは断固としてひげを剃らない。これがおれの信じるダンディズムだ。そう頑張るなら頑張るでおおいに結構である。しかし、そう主張するならば、会社が負っている〈リスク〉と同様、あなた自身もそれ相当の〈リスク〉を負わねばならない。
それが、今回のニュースで言うところの人事評価における減点である。あなたがひげを伸ばすなら、あなたは減点に甘んじねばならない。会社は会社にとって利益をもたらす働きを総合的に評価する。当然である。要するに、すべてを得ることはできないのだ。何かを得れば何かを失う。それこそあなたが男に生まれた時点で、あなたは女であることを永遠に失っているわけである。ひげを愛するなら、まずはソクラテスの〈無知の知〉でも学ぶべきだろう。ひげの大先輩として。
5. ひげは素敵か
最後に全然関係ないような争点を掲げたのは、なんだかんだ言っても、この問題は主観に始まって主観に終わるだろうからである。世の人々の本心は、格好のいい清潔感のあるひげならいいけど、不細工で汚いのはダメ。そういうことである。素敵とされるも批判されるも、とどのつまり適当な気分次第ということである。
ここまで長々と述べてきたが、しかし、ひげを絶望するのはまだ早い。日本でも明治あたりにはひげを伸ばすのが流行した時代があった。旧旧千円札の伊藤博文もそうだし、旧千円札の夏目漱石もそうだし、現千円札の野口英世もまたひげ面である。
そう、要はムーブメントを起こせばいいのである。あえてツルツルの西川貴教などを起用して〈ひげレボリューション〉とでも言うべき革命を起こせば、日本は変わるのである。たった一度でいいのだ。たった一度でも〈ひげレボリューション〉を起こせばしめたもので、何につけても右に倣えの日本人だからこそ、その効果は絶大である。
〈ひげレボリューション〉の暁には電車の中吊りにこんな文句が躍るようになる。『このひげで昇進しました』とか、『面接はこのひげで攻めろ!』なんかのリクルート系から、『ひげで開運!』、『大物のひげの秘密』だとかいった自己啓発ものまで、全国の津々浦々までひげ旋風が巻き起こるのである。
なんて言ってはみたものの、本当は諦めている。たぶんこれからは、男のひげ云々の前に、男の存在そのものが流行らないのだろうと思う。つまり、使い古された言葉ではあるが、やはり女の時代であり、それはつまるところ基本〈脱毛〉の時代であり、〈無毛〉が当然の時代ということである。そしてそもそも、このような議論自体がどうしようもなく〈不毛〉なのである。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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