アメリカの散髪

年の瀬になると片付けずにはいられないのが日本人である。

それは部屋であったり金銭であったりするが、私の場合は髪の毛であった。

アメリカに来て以来、散髪に行くのが億劫でかれこれ三ヶ月は行っていない。

日本にいた頃は月に一度は行っていた。と言っても、いわゆる千円カットである。若い頃こそこだわりもあったが、中年になると髪の毛なんてものはただ生えているだけで素晴らしい。

そういうわけで、こちらでもその手の格安ヘアカットを探した。最初に行ったのは「Supercuts」という、いかにもアメリカらしい名前の店だった。

英語で髪型の説明をするのはハードルが高いので、画像を見せてお願いした。オッケーと笑顔で髪を切り始め、仕上がりもまずまずであった。私がそう伝えると、グッドと言うが早いか、散髪ケープを外される。まったくの切りっ放しで、顔は毛だらけである。戸惑う間もなく支払いに進まされ、そのままバーイと放り出された。

カリフォルニアのまぶしい陽光のもと、呆然として顔をなでると、細かい髪の毛がべったりと絡みつく。値段は14ドルで、税とチップを加えると約20ドル。嫌でも日本のサービスの素晴らしさを思い知る。

次に見つけたのは、メキシコ系のおばちゃんが営む床屋であった。ショーウィンドウに前時代的な気取った女性のイラストが貼られているが、長年日光にさらされたせいで黒目の部分だけ剥落して白目をむいている。それでぱっと見たところ潰れているようにも見えるが、OPENというネオンがまだ潰れていないと言っている。

中に入ると、関係性がよくわからないおばちゃん2、3人がスペイン語のニュース番組を見ている。おばちゃんの愛想がいいのは万国共通で、快く席に案内される。私が希望する髪型の画像を見せると、スペイン語で何か言う。英語で聞き返すと、かたことの英語で応じた。正直よくわからなかったが、理解してくれたものとしておいた。

おばちゃんは下準備も何もなく、ざくざく切り始めた。霧吹きで髪を濡らしさえしない。本当にただ、ざくざく切る。彼女は「すきバサミ」を使わない。というか、たぶん持ってない。ハサミを縦に使うこともない。いや、そんなキザな使い方はどこかのカリスマ美容師がやり始めた邪道であって、あくまで真っ直ぐに切ってこそのハサミだろうとは思う。しかし当然、昭和の子供のような髪型になる。かわいい、とはならない。私は四十がらみのおっさんである。

笑うに笑えないが、おばちゃんはいかにも自信満々である。鏡を持って後頭部まで見せてくれるものだから、ベリーグッドと言うしかない。

だが、チップを入れても15ドル。アメリカでは激安と言っていい。先に書いたように、髪型にこだわりはないので、それから通うようになった。

ある週末に訪れると、見慣れないスタッフがいた。いつものおばちゃんは他の客についており、私にはその人があてがわれる。新人かもしれないが、こちらもやはりおばちゃんである。

このおばちゃんは、いつものおばちゃん以上に英語がしゃべれない。「ナチュラル」という単語さえ通じないのだ。それを横で見ていた別のおばちゃんが通訳に入ってくれた。私は英語で伝え、そのおばちゃんはスペイン語でカットするおばちゃんに内容を伝えた。全員おばちゃんなので話がややこしいが、たいしたことは言ってない。前にもみあげを完全に剃り落とされ青々としてしまったので、ナチュラルにしてほしいと伝えただけである。

そのおばちゃんは、なんと霧吹きを使った。腕はいいのかもしれないと思ったのもつかの間、直線ざく切りスタイルは変わらない。それはともかく、なぜかポマードを塗りつけてくる。仕上げではない。切りながらべたべた塗るのである。

どうやらそれは彼女一流のテクニックで、切った髪の毛が散らないよう、ポマードを練り込み髪型に一体化させてしまうのである。薄くなった頭部をカバーするための黒い粉のスプレーがあるが、原理はあれと同じである。いろいろ言いたいことはあるが、何を言ってもしょうがないことだけは明らかだった。

そして出来上がったのは、往年のエルビス・プレスリーを彷彿とさせる、かっちりというか、つっぱりのような髪型であった。確かに、なかなかキマっていた。自然、これからどこへ行こうと思わせるものがある。しかし、それでも練り込みきれなかった細かい毛が、小鼻や首筋に夥しくまとわりついているのはどうしようもない。家に帰ってシャワーを浴びて寝た。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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