ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

アメリカのゴミ

アメリカのモノはでかい。だから当然、そのゴミもでかい。

でかいと人間、大雑把になる。特盛の牛丼と、一貫ずつ出される寿司とでは、おのずとその食べ方も変わってくるのと同じである。

だからだろう、アメリカではゴミの分別などない。各戸の門前に置かれた子供の4、5人は入る直方体のポリバケツに、生ゴミでも瓶でも缶でも何でも放り込む。入り切らない粗大ゴミは、その横に適当に転がしておく。

それを巨大ロボのようなゴミ収集車がかっさらっていく。比喩ではない。実際、横っ腹からアームが伸びて、ゴミ箱をつかんで放り投げる。この光景を目にすれば、トランスフォーマーの変形ロボという発想は独創でもなんでもないとわかる。

巨大ロボは各戸の前で立ち止まっては、アームを伸ばす。ゴミ箱をつかむ。放り投げる。地鳴りのようなエンジン音とともに進むそれは、日本人である私にとって実に暴力的で、ロボットに侵略されるターミネーターのイメージと重なる。

そうして集められたゴミ――あの分別も何もないまさしくゴミと呼ぶほかないゴミ――は、基本的に埋め立てられるという。その量を想像すると気が遠くなる。ゴミの島よろしく夢の島などかわいいもので、夢の星ができるだろう。

どうポジティブに考えても、地球は早晩ゴミになって、それこそ星屑となる。アメリカのゴミ収集の風景を見ていると、エコとかサステナビリティとか、あるいは人間の知性とか可能性とかいうものが、あまりにも弱々しく、いっそ無力であることが否が応にも理解されてくる。われわれはこの地上で長くは生きていかれまい。

だからかもしれない、いまだ多くのアメリカ人が神を信じるのは。わざわざ紙幣にまで『IN GOD WE TRUST(我々は神を信じる)』なんて仰々しく刻みこみ、最後は神頼みというわけだ。

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