アレッポ随想

アレッポの惨状を動画で見た。国連事務総長は「地獄と同じ」だとコメントしていたが、何をどう表現しようと、言及する端々から言葉が無力に朽ちてゆく感を禁じ得ない。

動画の中で、我が子を亡くした母親が、自身も頭から血を流しながら「Oh my god!」と何度も叫んでいた。つい最近、みだりに神の名を口にしてはいけないから、「Oh my god!」ではなく普段は「Oh my gosh!」と言うのだと知った。しかし確かにここでは「Oh my god!」の一択であろう、なんてことを思いながら、遠く、ぼうっと眺めていた。

哀れで、同情もして、そしてかすかに、涙腺が動いた。だけどまともな涙は流れなかった。ちょっと、人としてどうかと思う。そう、私は優しくない。むしろ冷たい。だけど逆に、何をどうすれば人として正しいのだろうかと考える。

たとえば、少し優しい人は涙を流すだろう。もっと優しければ金銭や物資を送るだろう。もっともっと優しい人は、現地に飛んで救援活動に身を捧げるかもしれない。

かのマザーテレサは、愛の反対は憎悪ではなく無関心だと言った。その通りで、少なくとも我々は関心を持たなければならない。しかしこのタイミングで、日本の代表である安倍首相はロシアのプーチン大統領とどうでもいい話をして笑っていた。

この振る舞いを非難する声は高いが、しかしそれでも、やはり彼は我々の代表には違いない。私は彼の思考回路が、一般的な日本人とは次元を異にするとは思わない。むしろ同じだと考える。

そもそも、島国かつ単一民族で成り立っている日本は、往々にして海外のことを「よその国」と捉えがちで、状況や思想の共有、あるいは相互理解にまで至ることはまずない。だからアレッポで虐殺だなんだと言われても、せいぜいが「アレッポの石鹸」を思い浮かべるくらいで、リアリティも何もあったものではない。

日本では、相も変わらず穏やかな日常が流れている。アレッポの惨状をいくら知ったところで、どうしようもない。だとしても、私は自分が何であるかは認識していなければならないと思う。そうでなければ人間である値打ちがない。

自分がどのような状況にあり、何をしているのかを認識できるのは人間だけなのである。たとえばトカゲなど、体を半分にちぎられてもまだ虫を食べ続けていたりする。仮にフライドポテトを食べながらドライブしていて、事故にあって体が真っ二つになった。それでもまだポテトを食べ続ける人間がいるだろうか。

我々は、しかと認識しなければならない。アレッポのことに限らず、今この瞬間にも世界には争いが生じ、病がもたらされ、事故が起こり、とにかくは夥しい苦難が雨あられと降り注いでいることを。そして、それらすべてに関心を持ち、しかもひとつひとつに具体的なアクションを起こすのは不可能なのだということを。つまり、我々は何かを無視しなければ生きてゆけないのだということを。

今はたまたまアレッポがトレンドなだけで、我々は常に、この非情で罪深い無関心を内包していることを認識しなければならない。そのことを認識せずして、さも自身こそが絶対的な正義だとばかりに独善を振りかざす輩が多すぎるから、私はこれを書いて自分への戒めとする。そう、私は決して優しくないから。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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