何歳でもいいから
いつだったか、シンガポールの街角で「Age is just a number」と大書されているのを見た。そのとき一緒にいた現地の初老男性に、あの意味がわかるかと聞かれた。
私は少し考えて、なるほどと理解した。その人は、そう、歳なんてただの数字なんだよと言って笑った。
歳をとるほど自由になれるんだと、人は言う。しかし私は信じない。それは単に、何かにこだわるエネルギーを失ってしまっただけじゃないか。ありとあらゆる些事に、これでもかと捕われ、拘泥し、無尽蔵のエネルギーを注ぎ込めた青年の日々を、私は覚えていて、忘れない。
私は率直に思う。歳をとることはどうしようもなく哀しいことだ。その哀しみの重圧は、感じやすい青年であれば耐えがたいほどのものである。しかし幸か不幸か老いてもろもろ鈍くなっているために、狂いもせずにやり過ごせてしまう。それがまたいっそう哀しい。
サン=テグジュペリの星の王子さまに、「大人は数字が大好きです」というくだりがある。身長や体重、収入、それから年齢も。とにかく大人は数字が大好きだ。具体的な数字を聞いて大人は、それがいったいなんであるかを理解する。否、「わかったような気に」なってしまう。
今日は私の36回目の誕生日で、36歳になった。誰でも大人であれば、36というその数字だけで何もかもわかってくれることだろう。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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