ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

大人と空白

人には青春時代というものがある。それはだいたいにおいて友人で彩られる。

ひとりかふたりか、とにかくは悲喜こもごもがある。無知と未熟と純粋さとが絡み合い、濃密な忘れがたい時間を作り上げる。

しかし大人になるとそれは薄まる。いや、消えるといったほうがいいのかもしれない。

それぞれが仕事に忙しく、結婚すれば家庭もでき、関係できる時間の絶対量が減じる。

そうして疎遠になるのは、大人であればみな同じだろう。

その代わりに仕事があり、家庭がある。手一杯だ。しかしそれは時間の量的な「代わり」でしかない。

友人によって得られていた何かがあって、友人によってしか満たされえない何かがあって、だから友人がいなくなれば、胸中に空白が生じるのは必然であろう。

だからみんな、大人はみんな、どこか虚しいのだと思う。さびしいのだと思う。

そういう心持ちはみんな同じに違いないのだけれど、もう世界のどこに行ったって、何をどうしたって、その空白が満たされることはないことがわかっている。

大人だから、みんな、そんなことはわかりきっている。

だからいっそう虚しくなって、さびしくなって、つまらない酒でも飲んでごまかすしかないのだと思う。

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