連日の穴の観察
2017/08/22
連日載せてるからって深い意味はまったくない。ただただ穴だなあ、と思ってるだけ。
最近また元気が無くなってきてブログに書くことが勢いよく出てこない。はーあ、ブログなんてものもやってたね、ってな感じで、ってそんな気分のこと前もあったね、うん、憂鬱な5月6月、いやいやうだる暑さの7月8月、うんざりだ。
って、普通におもしろくて最近読み進めてるアルヴァレズ著「自殺の研究」という本のせいかもしれない。
別にネガティブな本でもなんでもなく真面目に自殺とはなんぞやと社会学的な感じで論じられている。
たとえば「人間は進化の一段階で、動物や仲間ばかりではなく、自分の生命も絶つことができることに気づいたのだろう。それによって生命の意味がまったく変わったと考えられる」ステンゲル教授←誰? (というか僕が何かしら文章を引用してる時なんだけど、決して安易にコピペしてるわけじゃなく文庫本片手に携帯で一文字一文字手打ちで打っているのである。いや、樋口がそれ書いとかないとみんなコピペだと思うよと言うもんだから)
あるいは「死は、人間にせかせかするなとの自然の声である」アメリカの保険会社のことわざ
というような興味深い言葉や考えがたくさん載っている、つまり“良い本”なのである。
死というものに僕は以前から並々ならぬ興味があって、死にまつまるエトセトラに出会うとやけにテンションが上がる。
なんか“僕は異常”っぽく書いたけど、まあそれは普通のことなんだろう。街の広場で公開処刑が行われ、またそれを嬉々として見物していたのは千年も二千年も昔の話ではなく百年二百年前程度のことなのだ。
だから僕は死に興味津々なんです、というのは理屈として無理があるかもしれないけれども。
しかし元来、日本人はネガティブな、じめじめした思想が好きらしいのだ。堅苦しく鬱々とするような純文学の方が崇高で、ポップで楽しげな大衆文学はレベルの低いものだという認識が、僕を含め、日本人のごく一般的な認識ではないだろうか。
偉い人は言葉少なでいつも明後日の方向を向いて思索に耽っている、というような“イメージ”。対してバカはよく笑う、つまりバカ笑いというわけだ。
何が言いたいんだかわからんくなってきた。とにかくは僕は死が好き、純文学としかめっ面を愛してる(いやほんとはニヤニヤしがちだから愛したい)のだ!←エクスクラメーションマーク。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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