父が倒れても僕は倒れない

  2017/08/22

つまり、どこにも行きたくない-F1000890.jpg

父が倒れた、という連絡があった昨夜、じゃなく一昨日の夜遅く。
念のため、祖父ではなく父、である。
その時、ぼくはひとり味噌汁を作っていて、しかも立ったまま、おたまに直接に口をつけてずずずとすすっていて、軽い妖怪とも言えそうな状態だった。
ドラマとかなら会議中だとか今からまさに婚約相手を紹介しに向かうとこだったりとまさしく“ドラマチック”に描かれるんだろうけれど、現実は否、放送禁止もいいとこである。
で、父の容態はといえば精密検査をしたらしいんだけど特に異常もなくすぐに退院できたらしい。めまいがして立っていられなくなったらしい、というような最新状況を伝えてくる母のメールを読みながら、またしても僕は不謹慎というか冷たいというか歪んでいるというか、なぜだか全くと言っていいほど心配にはならなくて、どういう返信をしたらいいか困ってしまうほどなのだった。
頭の中でよくある言葉、たとえば、大丈夫? とか、苦しそうにはしてないか? 寝ているのか起きているのか? とか、そういうごく一般的な言葉が頭の中を行き交って、しかしそのどれもが僕の気持ちからするとちょっと恥じるくらい嘘くさくて、ああ、僕はなんにも感じてない、そう思った。
ひでえ息子だよな、と思う。別に変わり者を気取るわけじゃなく、なぜに普通に心配するとかいう感情が湧き出てこないのか。よくわからない。
台所にひとり腰を下ろしてぼうっと考えた。父は死ぬのかな、死んだらまた広島に帰らなくちゃいけないな、そしてそのあと長男な僕は実家に帰らなくちゃいけなくなるのかな、いやでもまったくもって帰る気にはならないな、とりあえず今は。家のことは妹に任せよう、なんて。
あれこれを考えるだけ考えて、しかし一向に心配にはなれず、もしかすると単に僕は想像力が足りなくて“父が死ぬ”というビジュアルも状況も呆れるくらいに想像できていないから心配になれないんじゃないか。そうだとすると僕は、なんかよくある話だけど、葬式の時は全然悲しくなかったのに、一週間後くらいに急に父の死をまざまざと実感したりして泣きわめき始める、とか、どうだろう、うん。
とりあえず今はそういうことにしておこう。
心配するのが優しさだとも限らないし涙を流すのが愛情だとも限らない。
でもなんだか無感情。
バラク・オバマを出刃包丁で殺しに行くぜ!
それは無鉄砲。
あーあ。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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