日常の中、欲求ではないものは
2017/08/22
何か最初に誰かの考えとかを引っぱってくると文章が書きやすい。今はそれ以前に眠くてだるいんだけど、人がゼロから作り出したものってなんだろうね。エゴイズムくらいのものか。
適当にエゴイズムとか言ってみたけど、エゴイズムってかなりオリジナルなものじゃない? と自分の言葉で自分が啓発される。
ああうるせえイヤホンヘッドホンで音楽聞いてる奴ら奴ら。音漏れ率高すぎるぞばーろーめ、というのが僕のエゴイズム。
本も読まずにぼーっと吊革につかまってなんかいられるかい、音楽が大好きだぜ、てめえらの雑音なんか聞きたくねえから音楽で耳栓してんだよ、というのが奴らのエゴイズム。
で、それぞれがうまく折り合いをつけましょうよというのが公共マナー。
「すんませんがちょっと音量下げてくれるかなー?」と「なるべくなら大音量のが楽しいけんがちょっとぐらいは我慢してくれるかなー?」
マナーを守るとお互いがちょっとだけ楽しくなくなるような気がする。歩きタバコもそうだし電車ん中でベラベラでかい声で話すのもそう。と、あれやこれやと考えを巡らすと、お互いが完全に満足できるような状態というのが、ちょっと有り得ないようなことに思われてくる。
多かれ少なかれ我慢をして生きていかねばならないのだと、安居酒屋あたりで酒を舐めなめ、したり顔で語るのは易しい。ただただ我慢するだけならば、そんな話を聞かされてる誰かだって、よほど辛抱強く我慢していることだろう。
そこで大事なのはやはり考え方で、我慢を我慢としか考えられないのは俗物で、我慢はただ我慢なんじゃないと非凡ぶるのは僕で、我慢て何?となんにも解らずなんにも考えられない人はおそらく聖人なんだけど、我慢しなくてストレス無さ過ぎるから早死にしちゃうんだって、なんか解る気がしない?
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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