健全な、真面目な尾行
2017/08/22
家を出ると、ちょうど近隣の家から出てきたばかりだろう女性がいて、おそらくは駅に向かうのだと思われた。
かねてから最寄り駅にはどの道を通るのが一番近いのかと疑問に思っていたぼくは、そう、本日のタイトル通りの尾行を始めたのだった。いや、健全な、真面目な、ともすれば爽やかな尾行なのであるから、たぶん罪ではない、が、たぶんモラルの問題だろう、が、結論、このご時世であるからしてあまり誉められた行為ではないことはしぶしぶ認めよう。
まあそんないかがわしい朝の結末はといえば、なーんだおれとおんなじ道じゃんかという拍子抜けなもので、話は変わるけど今日は雪が降るかもしれないだけあってむちゃくちゃ寒い。
画像は今朝読んだ手塚治虫の火の鳥の未来編の1コマ。朝っぱらから頭の中がパラレルワールドみたいになってしまうくらい、ここ最近ではトップクラスの衝撃を受けた内容であった。
この場面は主人公が別に望んでもいないのに火の鳥にあなたは世界を救う人物ですとか言われて勝手に不老不死にされてしまい、それを確かめるために銃で自分を撃ったところ。でまあどうやったって死ねない。
それで僕はなんかやたらと“がぁーん!”ときてしまった。あるいは笑うせえるすまんの“どぉーーーん!”くらいのものがあった。
よく言われることだけど、漫画の伝わり方ってすごく明快で強いのな。確かに小説は小説でいいんだけど、このスパンと切れるようなドストレートな伝わり方は漫画でしかできないことなんだろうな、と、早速大げさだけどそんな風に思った。
だって漠然と「死ねないってきついだろうな」と、普段は口先では刹那主義を気取りながらも実のところできることなら可能な限り元気で長生きできたらいいとか実は漠然と思ってるくせに、素直にその真逆“死ねない不幸”をリアルに感じられたってのは、やっぱすごいことだろうと。
でまあ朝から(こう朝から朝からって書くと、どんだけ朝は行動が制限されてんだ、別に朝昼夜問わずなにやってもいいじゃねーかという気がしてくる)、死ぬってのは悪くないんだよな、死ぬときが来たら死ねばいいだけで、死をそんな特別視することもなくて、息を吸って、息を吐いて、また息を吸おうとしたけど吸えなくなっちゃった、おしまい、ってだけなんだろうな、なんて。
僕も死ぬし君も死ぬしみんな死ぬ。これって、けっこうな幸福なんじゃないかな、なんてぼんやり思うんだけど、うん、朝っぱらから。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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