老婆と作業員とポカリと罪

  2017/08/22

つまり、どこにも行きたくない-F1000219.jpg

日常にはいろいろある。
同じような行為、同じような時間を繰り返しているだけのようでも、生きていれば日々なにかしらが起こる。なぜ何かしらが起こるのかと言えばこの世は諸行無常だからである、とかいう面倒くさい話はさておき、前振り長すぎだけどまあ要するに今日は何やら興味深い出来事があったというわけだ、ってこんだけ前振りすりゃあ誰だってそう思うよね?
一週間ぶりにランニングに行ったのである。ランニングのし過ぎか何か、膝が痛くて一週間ほどランニングをお休みしていたのである。
膝を思いやっていつもより短めにランニングして、その帰り道のことであった。
前方から杖をついた老婆がよたよたと歩いてきた。老婆は少しだけ小汚く、そして妙に小さくて、僕は遠目にその老婆を眺めながら命という視点からすれば僕も老婆もおんなじなんだよなあ、とても同じ生命体とは思えないけど、おなじなんだよなあ、つーか僕もいつかああやってヨタヨタ歩かざるを得ない日が来るんだろうなあ、と、老婆の容姿ひとつでいちいちそんな人生の感慨を巡らせて、それから老婆とすれ違おうとした、その時であった。
「あんちゃん」
老婆が突然に話しかけてきた。僕は驚いて立ち止まった。
「あんちゃん、米をくれんかねぇ、五寸(?)でいいかんら、米をくれんかねぇ。食べぇるものぉもお金もぉ無いぃんですよぉ。お助けくださいませんかぇ」
僕は一瞬呆気にとられたものの、すぐに「いま全然お金持ってないんです」と言い捨てて、逃げるように走り出した。
ウソをついたわけではなかった。実際お金を持っていなかったからだ。ランニングの時には僕はお金はおろか携帯電話も持っていない。持ち物は家のカギだけなのだ。だから、ウソをついたわけではない。
しかし、妙な気持ちが込み上げてきた。何か、ひどく悪いことをしたような、僕は、無慈悲なのではなかろうか、というような。
僕は優しくない。もともと人にたいして関心もなく、優しくはない、そう公言してはばからないし、それでいいとも思ってはいるんだけど、その老婆の懇願を一顧だにすることなく、無碍につっぱねたことが、なぜだか心にひっかかった。
最近、神の存在というか、神懸かりとか、まあもっと軽く縁起のようなものをよく意識しているせいかもしれない。そんなことしたら罰が当たるよ、というような、誰にもあるような勧善懲悪的な気持ち。
だからだろうか、馬鹿馬鹿しいけれど、あの老婆はもしかすると何かの神様だったのではないだろうか、なんて考えたりして。神様が姿を変えて、僕を試しにきたのではなかろうか、なんて。
しかし、「神様かもしれないから何か施そう」とか思うのでは意味がない、とも思う。そんなみえすいた下心でもって行われた行為はクソにもならない、とか言いながら、いやいやこの世にある種々の善行のどれほどが、素直な、下心のない本心で行われているというのだろう。少なくとも皆、「いい事をすると気持ちがいいなあ」くらいには思ってしまうのが人情だろう。また逆に、行われてしかるべき善行、たとえば電車の優先席で席を譲るとかいう行為をしなかった時には一抹の気持ち悪さ、後ろめたさを感じざるを得ない。だいたいの人は勝手にそう感じるように出来ているのだ。
それでまあ、確かに、少し気持ち悪い。
では僕は、何かをするべきだったのだろうか。ちょっと待っててくださいと、老婆に声をかけられた地点から500メートルほどはある自宅に舞い戻り、お金か、米か、はたまたシーチキンの缶詰でも取りに帰って施すべきだったのであろうか。そうしたとして、それは果たして善行と呼べるのであろうか。それは、欺瞞というものでは、偽善というものではないのだろうか。
家に帰り、シャワーを浴びた。上がって体を拭いているとおととい突然に壊れてしまった給湯器の修理の人がやって来た。僕とは対照的にこんがりと日に焼けた男前な作業員が、外の方から作業しますんで、と言った。僕はお願いしますと言って部屋に引っ込んだ。
室外についている給湯器の交換作業をする電動ドライバーなどの音が、部屋でこうしてパソコンをいじる僕の耳まで届いてきていた。
僕はふと立ち上がって、冷蔵庫からポカリスエットを取り出した。コップに氷を入れ、注ぐと、コップは薄く汗をかいた。
ドアを開けて、大変そうに仕事をしている作業員にコップを差し出して、言った。よかったら、どうぞ。男は、どうもすいませんと、大袈裟なほどに顔をほころばせた。
人生は足し算や引き算、数学では語れない。しかし、その笑顔は僕に、少しだけ老婆を忘れさせた。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→現在ロサンゼルス在住の現代美術家/WEBデザイナー(WEBデザイン個人事業: SHINTAKU。) 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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