結婚と生活と家庭のあわい

  2017/08/22

昨日、久しぶりにある知人とSNSでやりとりをした。他愛もない話題からだったが、子供ができたのだと彼女は言った。

記憶が確かなら、彼女は結婚して1年か2年くらい経つから、まあ当然といえば当然である。おめでとうと言うのがふつうだろうが、ぼくは心にもないことは口にしない質なので、なんだか感慨深いものがあるとだけ言っておいた。

いや、もうすこし、「アルコールを遠ざけ、食べ物に気をつけ、ストレスを溜めず、しっかり妊婦ライフを楽しみなさいよ」とも言っておいた。まあ、おもしろくもなんともない常套句の範囲である。

ただ、感慨深いものがあるというのは本当だった。結婚は恋人の延長線上にあると思うが、子供ができることは、ほとんど別次元のベクトルに移行することだと思うからだ。

夫婦ふたりの生活も家庭とは呼ぶが、実際、それは家庭とは似て非なるものだと思う。極端な話、夫婦ふたりならばネットカフェに住み着いたとしても生活は成り立つだろうが、子供がいるとなればそうはいかない。

子供は、一般の大人とは絶対的に異なる価値観を有した存在なのである。言うまでもなく、夫婦間でも価値観の相違はあるし、離婚理由の定番でもあるが、しかしそれでも、”価値観が相違しているという価値観”はしっかり共有しているからこそ離婚が成立するのである。

そういうレベルではなく、まったく違う存在として子供はある。養老孟司が言うように、子供は自然なのである。親の都合も状況も一切関係なく、泣いて笑ってわめいてごねて糞便垂れ流して好き勝手に寝て起きる。まさに、人間様のご都合などクソ食らえという自然そのものなのである。

そういう存在を抱えて生活を送るには、ある程度の安定した環境が必要になってくる。衣食住をはじめ、親の養育する意志、それから経済力も欠かせない。乳飲み子をかかえて、毎日寝床や食べ物を探して街をさまよい歩くわけにはいかないだろう。

曲がりなりにも安定した生活を送らなければならない。そのためには、親が働くなり面倒を見るなり、とにかくは動かなければならない。思うに、ここにきて人間は生まれて初めて他者のために生き始めるのではないだろうか。

もちろん、そもそも思いやりの深い人もボランティア活動に熱心な人もいるだろう。しかし、自身の生活、つまり生命活動そのものを継続的に、少なくとも20年ばかりは延々と注ぎ込まなければならないという経験は、生まれて初めてに違いない。

そうして人は、今までの生き方なり考え方なりの転換を迫られる。おそらくそれは、好きで変わるわけでも意識的に変わるわけでもなく、ほとんど強迫的な現実問題への対処として変わらざるを得ないのだと思う。

しかしそれこそが、結婚して子供をつくって家庭を築くということの意味であり価値であり醍醐味でもあるのだと思う。

長々と書いたが、そう、彼女はきっと変わる。変わらざるを得ないのだ。もう二度と、かつての奔放と呼んでもいいだろう彼女には会えないわけで、そう思うと、ただただひたすらに感慨深いのである。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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