ターミネーター:新起動/ジェニシス――夢も希望もない時代の夢と希望を見る
2016/04/08
すごかった。強かった。かっこよかった。
率直な感想である。ついでに「気持ちよかった」も付け加えたい。
久々に超大国アメリカのパワーをまざまざと見せつけられた気がする。まったく、日本が戦争に負けるわけだと思う。むろん、私は戦後40年ほども経った頃の生まれであるので、別にアメリカに対しての生々しいコンプレックスがあるわけでもない。
だから単純に、アメリカだかハリウッドだか、ロサンゼルスだかニューヨークだか、とにかくはそういう先端的できらびやかな、って、よくわかんないし行ったこともないけど、うぉー、すげー、アメリカ、でけー、かっこえー、すげー、外人だー、ブラボー、というような曖昧かつ抽象的な印象の延長線上において――だからこそよけいに鮮烈なのだろう――アメリカのパワーなるものを感じたのである。それはもう、なんなら帰りに星条旗のバンダナでも買って巻こうかというくらいに。
さて、内容であるが、ジャッキー・チェン並に日本人に馴染みのあるシュワルツェネッガーが登場し、ターミネーター(人造人間)と戦う。おざなり程度に、未来、人工知能がひとり歩きして人類と戦争を始めて云々のストーリーがあるにはあるが、それは弁当のバランみたいもので、あってもなくてもそれほど違いはない。つまり、この映画の本質はひたすらに戦闘シーン、アクションにあるのだと思う。
ズドーン、バキィ、ドカーン、ズドドドド、バララララ、ブンッ、ボーン、バーン、ギギギギギ。
アクションを細かく情景描写するのは不毛だと思う。擬音の羅列がせいぜいであり、それこそが最適解なのではなかろうか。
心のひだを丁寧になぞるような感性はいらない。そもそもが理屈ではない。ただ単純に、見ていて気持ちがいいのだ。殴り、殴られ、ふっとび、ふっとばされ、ぶっぱなし、ぶっぱなされ、爆発する。ドカーン。
こう書くと馬鹿みたいではあるが、そのひとつひとつに興奮してしまうのだ。さらにこの映画が心にくいのは、小学生のころに見たターミネーターと、ターミネーター2の内容を”おいしく”取り込んでいるところである(ちなみにターミネーター3は見ていない)。
たとえば、序盤でターミネーター2に登場したターミネーターであるT-1000が登場する。自ずとターミネーター2の興奮がよみがえってくる。
T-1000は液体金属で、スライムのようにぐにゃりと身体を自由自在に変形させることができる。別人になりすますのもお手のものだし、腕だけを銀色のギラギラした剣に変形させて、フック船長どころではないパワーで串刺しにしたりする。
このときの心境は、(うおっ、ターミネーター2のあいつだ、やっぱつええ、それになつかしい、やべえ、相変わらずとんでもねえ、すげえ、うほお、うほぉ)という感じである。平素、あらゆることに気が散りながら生活しているが、このときばかりは完全にスクリーンの中に没入して阿呆になっていることがおわかりいただけるだろう。
それはともかく、T-1000は難なく倒され、今回の最大の敵が現れる。液体金属以上の強さで、分子単位で身体の構造を変化させたというターミネーターT-3000である(正直、液体金属のわかりやすさに比べて、何がどうなっているのかよくわからない)。磁力が弱点らしく、病院での戦闘の際には、おそらくはCTスキャンだろう機械でバラバラになりかけたりもする(そう考えるとすごく弱い奴な気もする。アルツハイマーの検査なんかしたら死亡は確実である)。
それでも、強いことは間違いない。銃火器でいくら打たれたところで、ちょっと身体の分子構造が乱れる程度で、すぐに元通りになる。爆発に巻き込まれ炎に包まれてもまったく死なない。不死身で無敵といってもいい。その強さにいちいち感激する。繰り返さないでおくが、先の心の動きの通りである。
この安っぽいけれども純粋な興奮と快感が、125分の間に何度となく繰り返されるのである。私は映画館の暗がりにまぎれて、終始ニヤニヤしっぱなしであった。これぞ娯楽である。そして感想はといえば、やっぱり「すごかった。強かった。かっこよかった。」なのである。しかし、最高だったのだ。
映画をはじめ、小説やテレビ番組などの感想で、よく「元気をもらいました」という心底くだらないコメントがあるが、生まれて初めてその感覚を味わった気がする。
かつてシュワルツェネッガーが、カップヌードルのCMでヤカンをダンベルのように持ち上げて「ちからこぶる」というのがあったが、それくらい本当に「ちからこぶ」ってしまったのだ。ついでに私の個展「カップヌードルの滝」は来月9/8(火)~ なのでそちらも力一杯よろしくお願いしたいという宣伝も挟みつつ、夢も希望もない現在日本において、私は確かにこの映画に夢と希望を見たのである。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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