ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

アーティストや作家という茶番

  2016/04/08

時間が経つのは早い。大人になると、なお早い。

2月になった。朝、出社してぼうっとしていると、背後でカレンダーをめくる音が聞こえた。

びっ、びりっ、びりびり。わざとらしい擬音で表現する必要もないのだが、そういう音が、妙な引っかかりを持って響く。

そうか、また1カ月という時間が経ったんだなと思う。1年は12ほどの月があり、その1つが終わったので、残りは11。

だからどうしたという話なのだが、なんにしろ減じていくということは、喜びよりもはかなさ、楽しさよりもさびしさを喚起する。

昨日、高速バスで静岡から東京に帰っている時にも、似たような感慨を覚えた。出発時、まぶしくて眼を開けるのも億劫だった窓外が、着いたころには暗闇に沈んでいた。その過程、日が暮れてゆく一瞬一瞬が、私を煽るというか、何らかの答えを求めているように思われた。考えろ、これからどうするんだ、何をするんだ、このままでいいわけがない、考えろ。

やることはやっている気がする。しかも、結構うまくいってる気もする。だけどこのままでは絶対に駄目だという漠然とした確信だけがやけにはっきりと感じられるのだった。

なぜだろうと考えてみる。そう、自分のことを「アーティスト」や「作家」という一人称で表現したあとには、だいたいこんな疲労感と落ち込みを味わっているような気がする。たぶん、自分の嘘に我慢ならないのだと思う。何がアーティストだ、何が作家だ、というような、苛立ち混じりの怒り。

アーティストと名乗る胡散臭さ、作家と名乗る腰砕け感、だけどそれでもしたり顏で、「作家の新宅睦仁と申します」なんて言っちゃう厚顔無恥。まったく、おままごとみたいだ。あたしはお菓子屋さんであなたはお医者さんとか、そういうことにして遊ぶだけの、茶番みたいだ。

別に、それでいいじゃんという気もする。だけど、その気持ち悪さを消化し切れない程度には、今の私はアーティストでも作家でもなく単なるサラリーマンなのだとは思う。

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