美術家 新宅睦仁のブログ。ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

ものは言いよう

 

デブを恰幅のよさとして、ブスを個性だという。あるいは鈍いのを落ち着きと表する。

まことにものは言いようで、白が黒に、天が地にもなる。

それでもこの世には安易に言い換えてはならない表現というものがある。出産で赤ん坊をガキ、葬式で亡くなられた方をシタイ、それにいくら老いても母をババアなどと言ってはならないのだ。

しかし現代、畏敬や尊厳なんかよりも重視されるのがわかりやすさである。それは人類史上最大のベストセラーである聖書も例外ではない。

ここでひとつ、聖書にある一節を引きたい。イエスが弟子を連れて高い山に登ったところ、彼らの目の前でイエスが光り輝き始めたという場面がある。

まず、旧来の口語訳で読んでいただこう。

その衣は真白く輝き、どんな布さらしでも、それほどに白くすることはできないくらいになった。

マルコによる福音書9章3節(日本聖書協会ホームページより)
https://www.bible.or.jp/read/vers_search.html

ふつうの頭があれば、十分に理解できるのではないだろうか。「布さらし」という表現に若干のわかりにくさはあるかもしれないが、それでも語感から漠とした清らかな川、そこで布を流すように洗い、透明な日光にさらす美しいイメージが浮かんでくる。

それが今年発売された現代訳では、先の箇所が以下のようになる。

その服は非常に白く光り、この世のクリーニング屋では、とてもできないほどの白さであった。

マルコによる福音書9章3節(新約聖書 現代訳 改訂新版 Kindle版より)
https://goo.gl/zVz48m

わかりやすい。それだけは確かだ。しかし、これではもはやクリーニング屋か洗剤のCMである。かようにものは言いよう、伝わればいいというものではない。

新宅 睦仁

1982広島県生/2005九州産業大学卒/2013新宿調理師専門学校卒/現代美術家/シンガポール在住のカトリック。牛丼やカップヌードル、コンビニ弁当等、食物をテーマに作品を制作している。無類の居酒屋好き。★最近の読書メモ

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