人生を消費する

なにを話したか、かいつまんで言いますと……

若い頃は時間は無限にあると思っていたが、人生も半分ほどを過ぎて、人生は有限で、だからこそ「消費する」という感覚が強くなってきた。その感覚は執着であって、流れゆく、溶けてゆく限れた時間を、無理やりに有意義な、価値あるものにしようとする詮無いあがきのようにも思える。とかいう話し。

何かしら思った方は、ちょっとひとこと、コメントを! 作者はとても喜びます。

わかりやすく投げ銭で気持ちを表明してみようという方は、天に徳を積めます!

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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