きみは「ピカゴケ」を知っているか?(「原爆に夫を奪われて—広島の農婦たちの証言」を読んで)
2020/09/04
紹介せずにはいられない名著に出会った。神田三亀男 編『原爆に夫を奪われて―広島の農婦たちの証言』(岩波新書)である。広島生まれの著者が、証言者の言葉を方言そのままに丁寧に書きとっている本で、全編に濃厚な広島弁が満ち溢れている。
読んでいると、祖父や親せきが重なる。自分が広島に生まれ育った人間なのだということを改めて感じる。なにより、広島弁の迫力、強さを思い知る。原爆の体験談の内容自体はもちろんだが、広島弁によって醸し出される独特の空気感がむせぶほどに伝わってきて、ぼくの胸は悲哀や郷愁とともに、広島弁そのもののおかしみで、くすり、くすり、ごった返す。十八で広島を出て以来、故郷のことなど半ば忘れかけていたが、しかし広島について、原爆について、学び直したいと責務のように思う。
ちなみにピカゴケというのは原爆で夫を失った妻のことで、つまり「ピカ後家」である。ピカチュウの新しい技かなにかだと思われるかもしれないが、全然違う。言葉の響きがすごく、重い。だから、だからというわけでもないが、今日、ぼくは広島弁で書く。
わしゃあね、東京の神田は神保町に勤めに出とるんよ。こかあ古本の街いうことで知っとるもんもおるじゃろう。まあ、そがあなことはええんよ。話は古本よ。いや、別に話しゃあずれとらんわ。
わしゃあ頭あわりいが本の虫じゃけえね、そりゃあよう本を買うわけよ。でもの、みな古本よ。なんでかいうて、安いけえよ。古本じゃったらなんぼでも買えるわ。最近の本は高うていけんで。
ところがよ、古本屋の鏡いうたらええんかの、ぶち安い本屋を見つけたんよ。わしの今までの経験じゃあ小田急沿線の登戸にある古本屋の3冊200円が一番安い思うとったんじゃが、それより安いんじゃけえの。しかもようけ最近の新書が揃っとるんで。それが2冊で100円じゃけえの。たまげるで、ほんま。
わしゃあ、こりゃあ安すぎるのう、なんじゃあ特別な会員証でもいってからそれの会員価格かのう思うてもみたんじゃが、そがあなことはどこにも書いちゃあおらん。ほいじゃあ買うたろう。4冊買うたわ。4冊買うても200円じゃ。ぶち安かろうが。じゃけど店員がぶち愛想悪いで。ビニール袋をレジ台に置くだけで、本入れてくれんけえの。袋出したんじゃったらほんのちっとの手間じゃろうが、さっと本を入れてどうぞ、いうて当たり前に渡してくれりゃあええ店じゃまた来ようかあ思うじゃろう。それが、入れん。ビニール袋を出すだけ出して、黙っとる。200円、はい、さいなら、で終わりじゃ。東京の人間いうのは冷たいのう。アメ公でももうちったあええがにしてくれるで。まあええ人もようけ居るがのう。さまざまよ。
そん一冊がこの本よ。最近わしゃあとにかく日本のことが気になるで。最近の日本人は日本人なのに日本のことを知らん。これじゃあいけん、思うて。いまは古事記の原文を読みょうったりするで。まあいなげなことも書いてあるが、ちいとちいと読むんよ。ようはわからんけどの。まあ勉強よ。
また脱線したわ。話はこの本じゃ。わしゃあこの本は日本帝国……じゃのうて日本国民全員が読んだほうがええ思うで。ほんま。小学校でも中学校でもええ。歴史を年号とかだけの知識じゃのうて、戦争いうもんの空気を教えにゃあいけんよ。そがあなふうにぴしゃーっと教育したら、ああ戦争いうんは怖いのう、むごいのう、絶対にしちゃあいけんのう、思うはずじゃけえ。絶対よ。第二次世界大戦1939年開戦、1945年終戦。こがあなんじゃあなんもわかるわきゃあないで。来年ぐらいに第三次世界大戦2013年開戦、書いてあっても、ハアそんなもんですか、ぐらいにしか思わんで。人間なんか馬鹿なんじゃけえの。この本の証言者のひとりも言っとるで。ちょっと書いたげるけえ読みんさい。
今の若いもんは、戦争したら面白いくらいに思うとる。面白いもんじゃない。つまらん。子供らは戦争したら死ぬんじゃいうことを忘れとる。戦争のむごいことを知らん。若いもんは戦争を知らん。戦争のむごい目におうとらんけえ、戦争が面白うて、かっこうええものに見えるんじゃろう。わたしゃ子供や孫に、戦争のとき、ああじゃった、こうじゃったいうて聞かせとる。戦争は二度とあっちゃあいけん。近ごろ核持ち込みや、軍艦を作ったりしようる。自衛隊を増やしたりしようりゃあ、また戦争するに決まっとる。軍備が自然に大きゅうなって、大ごとの戦争をするんじゃ。こんど戦争したら日本は全滅じゃ。戦争しちゃいけん。
ほんまじゃ、ほんまじゃ、ええこと言うババアじゃのう。そもそもええ本じゃわ。ぶち勉強になるで。その本によ、わきゃわからん紙切れがはさまっとったんよ。こりゃなんじゃあ思うてのう。見たら新聞の切れ端よ。日付んところが切れとるけえいつのかあわからんが、えろう日焼けしとるけえ古いこたあ確かじゃろう、まあこん本が出版された昭和57年ぐらいのもんじゃろうのう。それにしてもしおりにするにはえらい汚いちぎり方なんで。じゃけえわしゃあ、ははあ、こりゃあ前の持ち主んが、こりゃあ大事な記事じゃあ思うてせいて新聞をちぎってはさんどいたんじゃろう、思うたわけよ。
それがよ、『HOW TO エクスタシー』げな。わしゃあ頭にきてのう。こっちが原爆はいけんのう戦争はいけんのういうて真面目にしとるのに、わりゃあふざけとるのう思うたで。ほんま。ぶちはがええのう、しごうしたろうか思うたが、わしの理性があんたあどこのだれともわからんのんじゃけえそがあなことはすないうて諌められてのう、ほうか、そがあに言うてくれるならいうて、ほいじゃあものはためし、どがあなもんじゃ思うて、読んでみたわけよの。『HOW TO エクスタシー』。見てみい、これよ。
ところで多くの男性と接する機会の多いトルコ嬢のマーガレットさん(二四)はこう語っておりますよ。「ウ?ン、別に目を開けててもいいんだけど、それじゃ相手に悪いでしょ。オ人形さんを抱いているようで。…それに男性のエクスタシーの表情を見てもつまらないもの」と。ああ!! ムードのない応対ですネェ。
お、おんどりゃあ、ぶちふざけとるのう! し、しごうしたるで! ピカの恐ろしさを叩き込んじゃるけえの!
拙読書ブログでの「原爆に夫を奪われて 広島の農婦たちの証言(神田 三亀男/岩波書店)」紹介記事
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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