ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

コロナウイルスがやって来た

それは2020年3月16日の月曜日にやって来た。

兆候は一月も二月も前からあったが、それらしい危機感はなかった。カリフォルニアの陽光は相変わらず穏やかだったし、人々はいつものように車で動き回り、働き、遊び、飲み食いし、思い思いの日々を送っていた。

しかしその日を境に街は一変した。スーパーからはトイレットペーパー、消毒液、ハンドソープが姿を消し、次いでミネラルウォーター、カップラーメンや冷凍食品が棚から根こそぎ無くなった。

それは2011年の東日本大震災を東京で経験した私にとって、否が応にもその直後の混乱を思い出させた。あの時、スーパーのすかすかになった棚から、焦燥感を抱えながらも為すすべなく、ただ一袋、柿ピーを買って帰ったのを今でもはっきりと覚えている。

レストランというレストラン、バーというバーには、「しばらく閉めます」とか「テイクアウトのみ」といった告知が出された。持ち帰りのために足を踏み入れた店々は、閉店後のように椅子がテーブルの上にあげられたり、「利用不可」と各テーブルに掲示して間抜けな客に釘を刺していた。

米国ドナルド・トランプ大統領が国家非常事態宣言を出したのだ。感染拡大を防ぐため、あらゆる手段を講じるという。手段とはすなわち命令であって、有事において出される命令と本質的に変わるところはない。

いつか、敗戦後の日本を描いた「進駐軍がやって来た」という本を読んだ。私は直接には戦争を知らないし、そもそもここは戦勝国のアメリカなのだが、どうして敗戦直後のようであり、逆に開戦直後のようでもあった。

街が変わってしまった。いや、世の中がひっくり返ってしまった。そう強く感じて、私は無性に不安になった、なっている。

かつて芥川は「ぼんやりとした不安」によって自死を選んだが、いま私にあるのは「つかみどころのない不安」だ。確かに不安がある。あるかないかも怪しい「ぼんやり」ではなく、確実に不安が存在する。しかしそれがいったいどのような性質で、いつまで続いて、そしていかなる影響を及ぼすものなのか、皆目見当がつかない。

進駐軍は去った。GHQもいない。しかしその影響は、今も色濃く残っている。もっと、憲法をはじめ、現代日本の骨子となって脈々と息づいている。

春が来る。夏が来る。秋が来る。また冬が来る。コロナウイルスもいつか去る。それはそうだろうが、我々はもうそれ以前には戻れないのではないか。いや、戻れるわけがない。それがまた、私の不安を掻き立てる。

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