アメリカとID

「二十歳以上ですか?」と尋ねられることはもうない。顔を見れば馬鹿でもわかる。どこから見てもおっさんだ。

しかしアメリカでは、しばしば聞かれる。酒を買う時、酒場に入る時、あるいはタバコやマリファナを買う時も必要になる。

そのたびにID(免許やパスポート)の提示を求められる。パスポートしか持っていない私にとって、それがとてもわずらわしい。観光客じゃあるまいし、パスポートを持ち歩くのはリスクでしかない。そもそも見りゃあわかるだろう。この哀愁が思春期にあるものか。

それでも問答無用で、未成年ではないか――正確には21歳以上――が確認される。たまに何も聞かれないこともあって、その時は、(こいつは見る目がある、偉い)と思う。またある時は、居酒屋でIDを持っていなかったが、必死でおれは37歳の中年で決して未成年ではないと主張したところ、折れてビールを出してくれた。

しかし基本的にIDは必須だ。アメリカ人に聞いたところ、それは法律で、確認を怠ると企業に罰金を課せられるのだという。たとえ老人でもIDを提示しなければならない。

ちょっと阿呆くさい。ルールの形骸化は日本人の十八番だと思っていたが、そうでもないらしい。人を見かけで判断しないという考えをつきつめると、そうなるのかもしれない。

一方、日本は人を見かけで判断する国である。だから日常の中でIDを求められる場面はほとんどない。求められるのは不審者くらいのものである。

だとすれば、アメリカでは「他人は基本的に不審者」なのだということに気がつく。不審者ばっかりだから、自分の身は自分で守らねばならない。その延長線上に銃も出てくる。

そんな国と違って日本では他人を信用しているのかと言えば、そうでもない。単に「普通」というモノサシが幅をきかせているだけである。普通は皆がんばってこの普通の枠内に収まろうとするから、そこからはみ出すような者、つまり不審者は目立つからわざわざチェックするまでもない。

もちろん普通なんていう基準は偏見と紙一重ではあるが、日本人であればみな知っているし、信奉さえしている。だからいまだそれは有効で、絶対的だ。

こうしてみると、確かにアメリカは自由の国なのかもしれない。偏見を持たず、みなフラットに、平等に扱う。そう、私はあなたを知らない。だからIDを見せてほしい――。その行為にわずらわしさばかりを感じていた私は、あまりにも日本人だった気がする。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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