生きる者すべからく死に急ぐ
2017/08/22
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それはさておき、母から珍しく電話がかかってきた。
よくない話だと切り出して、それは母の兄に胃がんが見つかったという話だった。
脊髄にも転移しているらしく、長くないらしかった。
そのおっさんは病院が嫌いで、長年健康診断などとは無縁の生活を送ってきたという。
初期なら、はように見つけとけば、胃がんなんかすぐに治るのに。
と母はしみじみと口惜しそうに言った。まあいまさら言うてもしょうがないがと、息を吐いた。
僕はうんうんと聞きながら、普段まずもって思い出すことのないそのおっさんを思い出した。
タバコを吸い、酒を飲み、乱暴な感じで、大黒さまのような太鼓腹で、いとこと見つけたうなぎを捕ってもらった、じいさんを突き飛ばした……。
よくよくろくなことを思い出さない、いや思い出せない。事実たいして良いイメージは持っていない。好きか嫌いかで言えばすんなり嫌いに収まるだろう。
しかし死に直面していると聞くと、急に見方が変わる。いや、それは単に僕が感傷的になりたいがためで、安いロマンチシズムから、「ああ、あのおっさんがなあ…」と、ごくごく形式的に浸ってしまうだけかもしれない。
感傷の入口として、死んじゃうのかあ、と思う。
僕が小学生の3、4年のころだったろうか。そのおっさんの家に、親とではなく一人で泊まりに行ったことがある。そのおっさんの子供とひどく仲良しだったから。
その頃のぼくは、そのいとこと「同じ町に住んでて同じ小学校で毎日こいつと遊べたらなあ」と、今の僕からは考えられないような純粋さで真剣に思っていた。
だからそのお泊りは僕にとっては死ぬほどうれしいことだった。
そんなある夜のことだった。晩酌しつつごはんを食べていたおっさんと、その実父(僕にとってのじいさん) が、なにかしらのきっかけでケンカを始めた。
お互いに怒鳴り、わめき、それから勢い余ってかなにか、そのおっさんはじいさんを突き飛ばした。じいさんは勝手口の前の土間に落ちて、顔は激昂で真っ赤になって尻餅をつきながら、そのおっさんを指差し「出ていけぇぇ!!」と叫んでいた。
その光景が今でも忘れられない。子供心に、なんて最悪な人間なんだろうかとつくづく思った。そんなぼくにいとこは「とも、あっちに行こう」と、その場から僕を離れさせてくれた。暴力が無縁すぎる両親のもとに育ったために、暴力に対する免疫がまるでない僕が(今でもないが)よほど引いた顔をしていたのだろう。僕より年下のくせに、僕をその場から連れ出すという行動がさっととれたそいつは、僕よりよほど大人に違いなかった。
そんなことしか思い出さない。
「あのおっさんが胃がんに!?そんな!まさか!ひどい!!」なんて泣きわめけるようなストーリーを僕は持っていない。だから泣かないし、悲しいという気もしない。
まあ、人間は死ぬように出来てるし、なんて、当たり前すぎることを思うばかりだったりする。
ただその話を聞いてから、そのおっさんのことをよく思う。
いつかじいさんを突き飛ばした太い腕は、加速度的に枯れて、やがて骨になる。暗い墓の底で、水になり、土となる。
なんか、人が死ぬたびに思う。人生ってなんだろうって、なんだろうじゃねーよバカヤローて感じなのに、毎回毎回、馬鹿みたく生真面目に、人生ってなんだろうと思う。はたまた幸せって、なんだろうって。
どんな愚者も、ひとたび死ねば偉人になるような気がする。少なくとも、そのおっさんと仮に毎日寝食をともにしても得られないような含蓄ある何かが、胃がんになって死が近い、ただそんなことを聞いただけなのに、僕にとめどなく押し寄せてくる。
まあ、まだ死んでないけど、もうすでに死んだみたいに書いてごめん、みのるさん。
でも、生きている者は、寿命なんか忘れてけらけら生きている者は、いつもわがまま身勝手に泣いたり笑ったりするものなんだと思う。それが生きていることそのものだったりするんだ思う。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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