浮かび浮かばせる手
2017/08/22
居酒屋に一人で来た女を見た。場末な雰囲気も漂うしみったれた居酒屋で、ギャルと呼んで差し支えない容姿をしたその女は、ひどく浮いた印象を周囲にまき散らしていた。
女は大将といかにも心安い感じで話しはじめた。自然と耳に入ってくる会話の断片から、女はバイト帰りなのだとわかった。なんのバイトをしているかまではわからなかったが、とにかくは女はその居酒屋を心から気に入っているようだった。
女が大将に聞く。
「バイトは取らないんですか?」「前は取ってたんですよね?」「えー、働きたいのに」
見てくれだけで蔑めば、ギャルの発言にどれだけの信用がおけるのかははなはだ疑問ではあるが、少なくともその発言は本心のように思われた。
僕は一人ではなかったので、酩酊とともにその女の存在を忘れていった。
しかしなにやらモノを食べ始めた女の動きが視界の端をよぎって、僕は今一度女を見た。
ほんの一瞬、チラと目をやっただけなのに、僕は女にある違和感に気づいた。
箸でサラダか何かを食べているようだったのだが、その箸を持つ手がとてもおかしかった。外人の持つチャップスティックのようでもあり、幼児の持つ箸のようでもあった。その持ち方では空豆一つ口に放るにも、串刺しとせねばならないだろう。
それを見た瞬間から、ギャルにある華やかさというか、こけおどしとはいえ派手に飛び跳ねるような生活、性格、のようなものが、一気に悲しげなものに感じられて、なぜだか哀れにも思われた。
そして誰ともわからないが、女はどこにいっても疎外されるような、辛い人生を送っているのではないかと、僕はまったくの下世話な想像をしてしまっていた。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
ご支援のお願い
もし当ブログになんらかの価値を感じていただけましたら、以下のいずれかの方法でご支援いただけますと幸いです。
Amazonギフト券で支援する
→送信先 info@tomonishintaku.com
ブログ一覧
-
ブログ「むろん、どこにも行きたくない。」
2007年より開始。実体験に基づいたノンフィクション的なエッセイを執筆。アクセス数も途切れず年々微増。不定期更新。
-
英語日記ブログ「Really Diary」
2019年より開始。もともと英語の勉強のために始めたが、今ではすっかり純粋な日記。呆れるほど普通の内容なので、新宅に興味がない人は読んで一切おもしろくない。
-
音声ブログ「まだ、死んでない。」
2020年より開始。ロスのホームレスとのアートプロジェクトでYouTubeに動画をアップしたところ、知人にトークが面白いと言われたことをきっかけにスタート。その後、死ぬまで毎日更新することとし、コンテンツ自体を現代アートとして継続中。
-
読書記録
2011年より開始。過去十年以上、幅広いジャンルの書籍を年間100冊以上読んでおり、読書家であることをアピールするために記録している。各記事は、自分のための備忘録程度の薄い内容。WEB関連の読書は合同会社シンタクのブログで記録中。
- 前の記事
- 予想と現実を混同することは
- 次の記事
- 人を忘れて木偶をたてまつり