わたしの仕事、あなたの仕事

ここ数日降り続いている雨の中、来週末に引っ越す物件の採寸に行った。

千葉県あたりでは堤防が決壊して、住宅街が冠水したらしい。だけどわたしはどこ吹く風で、不動産屋と一緒に窓や押入れの幅や高さを測っていた。

確か、わたしの人生において引っ越しは11回目だったか、どうか。忘れた。まあ、別にもう、何回目でもいい。それは、大学の時分には、友人らと女性の経験人数を競い合うように数えていたものが、今ではもうどうでもよくなっていることと似ている。

つまり、ひとつひとつの新奇性や重要性が失われたということである。すれたのだと言われればそれまでであるが、自分では別にすれたとは思っていないのが質が悪いという気もしなくはない。

それはともかく、15分ほどで採寸を終えたわたしは、その足で立川のIKEAへと向かった。

途中、神田の「ねぎし」で豚の焼いたやつと麦とろの定食(800円)を食べ、それから立川まで、電車の中で寝入っていた。だいたい40分。着いてもまだ、雨はしつこく降り続いていた。

IKEAに向かう途中、東京ドームほどはあるという広大な空き地に、ヤギが放牧されていた。少なからず、ぎょっとした。空き地を囲うフェンスの端々に、ヤギのイラストに”草を食べる仕事をしています”と書かれた看板がかかっていた。

”草を食べる仕事”という言葉が、頭に残った。行き交う子供たちを見て、彼らは”遊ぶ仕事”をしているのか、あるいは”泣きわめく仕事”をしているのかもしれないなどと、考えた。交通整理をしているおっさんらは、まあ、”交通を整理する仕事”以外の何ものでもなく、おもしろくもなんともないのだけれども。

ところで、わたしは何の仕事をしているのだろう。

IKEAに入ると、美術館にも似た広大な空間に、思わず気圧された。それは、心弾む気持ちからではなく、「うわっ、めんどくせ」という憂鬱さからであった。

一瞬、たかがカーテン一枚買うのになんでこんなだだっ広い店ん中をほっつき歩かなくちゃいけないんだよ、もう、ネットで買おうかなというような気持ちが膨らんだが、まあ、せっかくここまで来たんだしという貧乏根性でもって、歩き始めた。

にも関わらず、しっかり軽く二時間くらいは迷って悩んでショッピングしてしまうのがわたしという人間である。

そうして購入した荷物はすべて配送してもらおうかと思ったが、自力で持ち帰れそうなブラインドの送料が三千円もかかると言われ、配送は壊れ物だけにしておいた。

1メートル40センチのブラインド4本を携えて外に出ると、やっぱり雨が降っていた。

ブラインドは、それほど重くはなかったが、歩いているとだんだん負担に感じられる程度には重くて邪魔だった。だけど、これは三千円の仕事なんだと考えながら歩を進めた。

その横のフェンスの向こう、空き地の中ほどでは、ヤギが濡れそぼりながら”草を食べる仕事”を続けていた。

ぼくは、”ブラインドを運ぶ仕事”をしながら、彼らの”職場”をあとにした。

傘からはみ出しているブラインドは、徐々に濡れていった。それで、手がすべるようにもなってきて、いよいよ難儀になっていった。三千円をケチったばっかりに、馬鹿馬鹿しいと思わなくもなかったが、その時はそうしようと思ったのだから仕方がない。

街は湖底に沈んでゆくように暮れる。大きなマンションの電灯がいっせいに灯る。そのスイッチを入れた、管理人だか誰だかの指先を思う。ふたたび始まる、ひとり暮らしのことを考える。その理由らしきもの、状況や心持ちを挙げつらねればきりがなかった。とにかくは、今は、誰とも暮らしたくないのだから、仕方がない。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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