湯けむり殺人事件が大好きな日本人(のんびり骨休めに忙殺される旅)

  2020/08/19

朝の4時、白濁した温泉に首までつかっている。空にはまだ星のいくつかが居残っている。辺りは夜明けを厳かに迎えようとするように、潔癖な空気を張りつめさせて深閑としている。

私は今、東京から電車に飛行機、バスと乗り継いで6時間の秋田の山奥にいる。何やら滅多に予約が取れない秘湯らしく、要するに「ザ・ニッポンの温泉宿」に来ているのである。

何をしに来たのかは言うまでもない。のんびり休暇である。バカンスである。骨休めである。なのでこうして新聞配達よりも早く起き出して、眠い目をこすって温泉につかっているのだ。

しばし都会の喧噪を離れて、ゆっくり休もうと思う。と、その前に、休むとは何かを確認しておきたい。

休む
心身の疲れをとるために仕事や活動を中断する。休憩する。休息する。
いつもしている仕事・業務を(例外的に)しないですます。休みにする。明鏡国語辞典MX

確かに、『いつもしている仕事・業務を(例外的に)しない』という意味では休んでいるようではあるが、『心身の疲れをとる』ことができているかといえば、ずいぶんと怪しい。

日本人は休むのが下手だとはよく言われることである。旅行でバカンスと言いながら、その実、名物だ名産だと舌鼓を打ち鳴らして腹に詰め込み、死期が近い最後の旅かのように必死でかけずり回る。落ち着く暇もなく、わざわざ疲れに行っているようなものであろう。そうして家に帰って「やっぱり自分の家がいちばん」と言うのがお決まりである。だったら最初から自宅で横になって寝ているだけのほうが金もかからなくてよっぽどいい。

そう、日本人にバカンスというものは土台無理な話なのだ。あるとすれば遊びではない〈修学旅行〉であり、まじめな生涯学習としての〈見聞の旅〉である。たとえ一泊二日のはかない旅でも、レポートを提出させればけっこうな分量が出てくること請け合いであろう。

何がそうさせるのだろうかと考えてみると、私はそこに、戦後奇跡の復興を成し遂げた日本人の〈モーレツ精神〉の残滓を見るのである。モノが溢れる飽食の時代においてなお、日本人は貧しく飢えているのではないだろうか。

表面上は豊からしく、もう大きなモノもコトもいらない。これからは小さくとも自分らしい生き方をするのだと余裕ぶっているが、本当の本当は、もっと欲しくて欲しくてかつえているのである。たとえば人の深層心理が、顔よりもなお手先や足元に現れるように、そのことが弛緩する休暇に隠しがたく滲み出しているのでる。

そうでもなければ、あれほど旅行に予定を詰め込もうとはしないだろう。以下はある旅行ツアーのスケジュールの一部であるが、果たしてこれが〈休暇〉と呼べるのだろうか。

8:30 ホテル発
9:00 - 11:00 東京スカイツリー(地上350mから東京を展望)
11:15 - 12:30 浅草寺 仲見世(自由散策 後 てんぷら昼食)
12:50 - 13:40 築地(自由散策)
14:10 - 14:50 六本木(自由散策)
15:20 JR東京駅着
【1泊2日 帝国ホテルに泊まる新東京名所観光(スカイツリー他)ツアー】http://www.gifuwel-kyousai.or.jp/fukuri/tokyo26.html

50分で築地の何がわかるのだろうか。せいぜい衣服に魚臭を染ますのが関の山である。あるいは六本木を40分ばかり自由に散策しろと言われても、東京に不案内な観光客が、自販機でコーヒーを買って飲む以上のことができるとは到底思えない。これはもう、骨休めも物見遊山のレベルも超えて、ほとんど仕事と言っても差し支えない忙しさである。

ひょっとしてこれは、青い鳥よろしく〈のんびり〉なる何ものかを探しに出かける旅なのかもしれない。もちろん、いつどこに行こうとも決してそれは見つからないのである。

あるいは、「湯けむり殺人事件」が定番ドラマシリーズとして長く続いているのは、そこに理由があるのかもしれない。ゆっくり休みにきたはずの温泉宿で、ドタバタの殺人事件に巻き込まれてしまう。つまり、これは我々が決まって温泉宿で味わう慌ただしさの、類稀なる秀逸なメタファーなのである。





新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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