青春のにほひ(VHSビデオデッキの生産終了に思う)
2017/08/22
VHSビデオデッキの生産が終了する。パナソニックやソニーといった大手メーカーが撤退する中、国内で唯一ビデオデッキを手がけていた船井電機も追随を決めたのである。
時代は流れる。かくいう我が家にも、既にVHSのテープはおろか、ビデオデッキさえない。十年ひと昔、私が大学生の頃にはとても考えられない。友人とアダルトビデオ(以下、エロビ)の貸し借りは日常茶飯事であったし、私自身、レンタルビデオ屋でアルバイトをしていたから日々それを貸し出していた。
思い出す。あの潰れたゴキブリのように真っ黒で無骨なVHSという〈モノ〉のことを。するといの一番に鼻先に漂ってくるのは、どうして精液の匂いなのであった。VHSでスタンド・バイ・ミーやマトリックス等たくさんの映画も見たが、しかしそれ以上に見たのはエロビなのである。
エロビを借り、あるいは貰い、いそいそと家に帰って鑑賞する。否、ティッシュを脇に置いて〈使用〉する。使用後はたちまち我に返ってビデオテープを取り出す。そして後日また使用する。VHSはアナログのテープだから、DVDと違って前回停止したところから始まる。即ちそのシーンは、己が果てたところに他ならない。うっかりそのまま友人に貸そうものなら、秘めたる性的嗜好がさらされ格好の酒の肴となるのであった。
そういえば、あの頃のレンタルビデオには『必ず巻き戻してからご返却ください』という注意書きがあった。確かにその通りで、さあビデオを見ようとデッキにセットして、まず巻き戻さねばならないとは迷惑千万に違いない。しかし、レンタルビデオ屋のバイトでは巻き戻さない人が多々あった。特にエロビに多かったのは、決して故のないことではない。ふつうの映画とは〈鑑賞方法〉が異なるからである。
それはともかく、エロビにはなんともいえないエロスがあった。あれは禍々しいほどに物質感のあるVHSにしかないエロスで、たとえ内容は同じでもエロDVDにそれはない。ましてエロ動画は、0と1で処理された無味乾燥な情報以外の何ものでもなく、もはやエロでさえない。
思うに、エロスとVHSには、異常な親和性があったのだ。これだけDVDが普及してもなお〈エロディー〉などという呼称が定着していないのがその証左であろう。
古今東西、性と青春は切っても切り離せないものだ。エロビの時代が終わるということは、私と同年代の、80年前後に生まれ育った者にとって青春の終わりとイコールなのである。それを思えばこそ、いっそう濃く精液の匂いが偲ばれるのである。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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