その埋められない溝を覗く者(1)

  2020/08/19

「え~、来春までぇ、長期に渡ってぇですね、工事が続いてぇ参ります。お足下にはぁですね……」

拡声器を手に、だぶだぶの作業着を着込んだ、いかにも肉体労働者の典型といった向きの年輩の男がアナウンスしている。男の作業着にくっ付いている、たすき掛けの黄色い蛍光テープが、朝日をはじいてきらきらと、いちいち光る。

2月に入り、南武線の谷保駅では、エレベーターやエスカレーターを設置する、いわゆるバリアフリー化の工事が始まった。アナウンスの通り、来春まで一年超も続くという大がかりな工事である。それで、作業員を配置し、利用者の安全を図っている、らしい。

「え~、川崎行きの電車がぁ参ります。え~、黄色い線のぉ、内側までぇお下がりぃください。え~、まもなくぅ電車が参ります。」

”らしい”と書いたのは、前述のようなアナウンスによって安全性が向上するとはとても思えないからだ。そんなアナウンスは録音の構内放送で事足りるのではないか。そもそもアナウンスは、作業員ではなく駅員の仕事ではないか。

「え~、長きにぃ渡る工事によりぃですね、階段がぁ狭くなってぇ参ります。お足下にはぁですね、」

しかし、そんなぼくの疑問とは裏腹に、彼は馬鹿か阿呆か、あるいは悟りを開いた仏陀のごとく几帳面に、同じアナウンスを繰り返す。

「皆さまにはぁですね、お気をつけてぇですね、ご通行ぉいただきますよう、お願い申し上げます。」

仏陀はそう、ちょっとした浪曲を歌うようにアナウンスした。まさに浪曲だと思っているわけではあるまいが、どこか楽しげである。そして、”ですね”が仏陀の口癖のようだった。

「おい、昨日は車で帰ったのか?」

ひとしきりアナウンスした仏陀は、拡声器を外した地声で、川崎方面行のホームから、ぼくの居る立川方面行のホームに話しかけた。浪曲よろしくアナウンスとは明らかにトーンの異なる、年相応の初老男性の声である。

「いや、昨日は電車で帰ったよ。そっちはどうした?」

ぼくのすぐそばにも作業員が立っている。つまり、ホームを隔てて対になった形で作業員が配置されているというわけだ。

「こっちは高崎さんと一緒に車で帰ったよ。そのあとメシ食いに行ってね」

「そうかそうか。高崎さんとなら楽しかっただろ?」

拡声器を通したアナウンスの公共性と、地声による雑談の私性の対比があまりにも鮮やかである。と、電車の接近を知らせる電子音が流れた。

「え~、お足下にお気をつけてご通行ください。立川行きの電車が参ります。」

すかさずぼくのそばに立つ作業員が、作業員としての私に戻り、職務を果たした。こちらには”ですね”などの癖は特にないようだった。

「黄色い線の内側までお下がりください。え~、まもなく立川行きの電車が参ります。」

至極”安全に”電車がホームに入ってくる。むろん、作業員のアナウンスによってではない。JRの努力によってである。アナウンスは電車のガタンゴトンという走行音と同じくらいに無意味である。

そして、安全に扉が開く。ぼくは安全に乗り込む。安全に扉が閉まる。安全に走り出す。いったい、あそこに作業員を配置するコストは無駄以外の何物でもないだろうと義憤を感じつつ、まあどうでもいいかと文庫本を広げた。

さて、次の日、つまり今日だが、相変わらず仏陀は川崎方面行のホームに立って、同じアナウンスを繰り返していた。今日も喉は快調のようだ。

一方、立川方面行のホームの作業員は昨日とは異なる人であった。同じ作業着で、いかにも肉体労働者といった感じは仏陀と変わらないが、40歳そこらで、仏陀よりはだいぶ若く見える。とはいえ、肉体労働者の宿命ではあるが、日がな一日、日光及び外気にさらされているせいで肝臓の悪い人のように赤黒く焼けた肌色が、どうにも年齢の見当をつけ難くさせている。

立川方面行の電車は出たばかりで、まるまる10分ほど待たねばならなかった。その間、仏陀はしばしば例のアナウンスを挟んだ。にも関わらず、もう一方はアナウンスをする素振りをさえ見せなかった。拡声器を握りしめて、きょろりきょろりと、所在なく左右を見やるばかりである。

「おおい、あの路駐してる車は、うちの車かね?」

仏陀は、昨日同様、地声でのコミュニケーションを始めた。しかし、話しかけられた作業員は、小さく「うん」とか「はい」とか発する程度で、それよりはむしろ、ちょっと大きめのうなづきの挙動によってこそ返答としているようだった。

それは、業務中に私語をすべきでないと慎んでいるようにも、声を出すことに照れがあるようにも見えた。あるいは、仏陀が疑問なく繰り返すアナウンスの無意味さに対する否定のようでもあった。その態度はさながら、キリストの復活を最後まで信じなかった不信のトマスに通じるものがあった。

トマス。そう思って見てみると、どうして、彼は横文字のトマスという名前が実に似合いの風貌のように思われてくるのだった。

続く。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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