幸福はうなぎのよう

  2017/08/22

人生において、幸福な時間は常に一瞬である。幸せだと感じるが早いか、たちまち雲散霧消してしまう。それは流れる水のようであり、指の間からこぼれる砂のようであり、あるいはいささか泥くさいがうなぎのようでもある。

しかし幸福の比喩の最たるものは実はうなぎである。ぬるりぬるりとつかんだ端から逃げていき、しかもふつうに焼いて食っても旨くない。その捕え方、食し方の一筋縄ではいかないこと、幸福なるものが血と肉を備えたようである。

私は幼少のころ、田舎の川でうなぎを捕まえたことがある。いや、正確には見つけてつかんだが案の定逃げられて、後に大人を呼んできて捕まえてもらったのである。しかしその時の感触はまさに幸福のそれで、そのすべること逃げること、冗談のような、ふざけているような、人をあざ笑っているかのようであった。

「うなぎのぼり」の語源にふたつあって、うなぎは急流でも水気の乏しいところでも登っていくからとする説と、うなぎをつかもうとしてもつかめず、ひもを手繰るように上へ上へと登っていくからとする説がある。

何も知らなければ後者を取りたいが、実体験からするとあれはてんやわんやの危機でしかない。まあ、世間における「うなぎのぼり」の何たるかを考えれば含蓄に富むようにも思われるが。

とにもかくにも、そのうなぎはいとこのおじさんがモリで一突きであった。その晩、うなぎは手製のタレでかば焼きとなって食卓にのぼった。しかし、それは世間一般にあるそれとは似て非なるもので、みな箸をつけて、ひとくちふたくちそれきりであった。

そうして私は眠る前、あの、夢中でつかんだうなぎとの格闘を手のひらに熱く残る感触とともに思い出し、幸福とはかくやあらんと知ったのである。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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