7,300日を過ぎてなお(横山ゆかりちゃんが行方不明になって20年が経つ)

横山ゆかりちゃんが行方不明になってから、来月7日で20年になるという。1996年の七夕の日、パチンコ屋に両親と来ていた当時4歳だった先の女児がさらわれた事件である。

当時から、両親がパチンコに熱中している隙に起こったことから、親として失格だと世間の風当たりは強かった。それはそうだが、しかし、この手の親は少なくないわけで、それをもって批判するのは言いがかりのようで感心しない。

人のふり見て我がふり直せと言う。以来、心を入れ替えた親もあったろう。そして、それによってかろうじて無事だった子もひとりやふたりはいたのではないか。

それにつけても行方知れずの20年は長い。あまりにも長い。いっそ殺されていた方が、たとえバラバラの惨殺でも白黒ついていたほうが、まだしも気持ちの整理がついたに違いない。

20年も経てばさすがに諦めて、心の区切りも自然つこうと思うのは幸せな人で、人はおいそれと絶望できるものではない。その希望の図太くしぶといこと、老いて病んで棺桶に片足を突っ込んでなお、健康と名がつけば勇んで大枚はたくのと似ている。

いくら他人が笑っても、あるいは諭しても、希望は消えないのである。ある日は次の瞬間にも元気で戻るような気がしたろうし、またある日は何者かに殺されてこと切れている画がまざまざと浮かんだろう。その繰り返しが20年、7,300日もあって、しかしそれでも心は平穏を見ないのである。

悲しみ、怒り、悔しさ――無限の感情でもって頭の中で幾度となく練り上げられるように想われた娘は、いつかこの両親にとって神に近づく。

この世にいるのかいないのか。いるなら徴を見せてくれ。その悲痛な叫びの折々に、雨降り雷鳴とどろく日もあれば、からり晴れ渡った日もあって、いよいよ想いは混沌として、いっそ信仰となって墓場までつづく。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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