ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

天災といつか(「平成28年熊本地震」熊本で震度7、余震100回超)

  2017/08/22

何もなければ、今日は別のことを書こうと思っていた。しかし、昨夜熊本で震度7という大地震が起こってしまったため、予定を変更することにした。

私の場合はつまらないことだが、人には生きている限り予定や都合があるものだ。しかしその一切合財を無視していきなりやってくるのが天災である。神の御業かどうか、天災は忘れた頃にやってくる。いくら言っても、言い過ぎることはない。毎度毎度、いっそ感心するほど人間はすっかり忘れているものだからだ。

日本のどこであろうと、地震はいつか起こると言われ続けている。そして誰しも、いつかは起こるだろうなとは思っている。そして時たま、備えや訓練をし、被害規模なんかを見積もってみたりする。しかし、その〈いつか〉に緊張感を与え続けることは容易ではない。

だからかもしれない。人は都合の悪い時には、決まって〈いつか〉という言葉を使う。「いつか会おう」、「いつかしよう」、そして「またいつか」と、人は面と向かって取り組むのが億劫なあらゆることを、究極的に曖昧な時間表現である〈いつか〉の中に放り込む。

その〈いつか〉のひとつが昨夜の地震であった。それはほとんど正月の翌日に大晦日が来たようなものだろうと思う。明日の朝や来週の土日という現実的な予定をこそ固く信じていたところに、それらをなぎ倒して一足飛びに大入道のような〈いつか〉がやってきて、どかんとあぐらをかいてしまった。

「ひょくっとすんまっせん、おいが噂の〈いつか〉ったい」――なんだかんだ言って誰も信じていなかった〈いつか〉という名の化け物が現れて、誰もが驚かないわけはない。私もまた驚いた。わけもなく動揺し、急き立てられるように情報集めに奔走した。

地震の被害状況が浮かび上がってくる。にわかに緊迫感を覚える。しかしその一方で、東京にいる私の頭の中で、九州の熊本はあまりにも遠い。しょせん他人事だという冷めた実感覚が、あってしかるべき悲喜こもごもへの想像力を失わせて、ニュースの写真や文字を、十把一絡げに無味乾燥な〈被害状況という記号〉へと貶めた。

今朝のニュースでは、『9人の死亡が確認、960人余りがけが』と出ていた。それが今回の地震の結果らしかった。率直なところ、たいしたことはなかったんだなと感じた。9人しか死ななかったのだと思った。しかし同時に、私は私の感覚の貧しさを蔑んだ。先の東日本大震災でビートたけしが語っていた言葉を思い出した。

悲しみは本来、すごく個人的なこと。今回の震災は、2万人が死んだ一つの事件ではなく、1人が死んだ事件が2万件あったということ。2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人達がいて、その悲しみに今も耐えている。

わかる。とてもよくわかる。しかしそれでも私は、9人が死んだ9通りの死と悲しみに、うまく思いを致すことができない。やはり私には、震度7もの地震があったのに、死んだのはたった9人で済んだという感を拭えないのである。私の想像力はかくも乏しい。その中に、せめて一人でも親しい誰かが入ってでもいなければ、私はそれを我がこととして考えることができないらしい。

ならば殺してみよう。妹を殺し、姉を殺し、父を殺し、母を殺し、みんな殺してみよう。ある日突然の天災で、みんな死んでしまったのだと――どうして、うまく想像ができない。仮想と現実は遠く、別物である。いつかはどこまでもいつかでしかなく、今ではない。たとえ次の瞬間だとしても、やはりそれは〈いつか〉の域を出ない。

あるいは、その鈍さは絶望であると同時に救いなのかもしれない。人は〈いつか〉死ぬからこそ気楽に笑えるのであって、明確なある時に死ぬのだとしたら、おちおち夜も眠れないだろう。天災にしろ天命にしろ、〈いつか〉だと笑い、〈いつか〉はと怯え、誰もかれもそうして生きて死んでゆくことを思えば、何が起きてどうなろうが、それほど怖がる必要はないのかもしれない。

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