健康的な死(死因を老衰とされ自宅で死ねる幸運)

  2020/03/11

とある訃報に接した。享年96歳。死因には〈老衰〉とあった。

私は思わずにやりとしてしまった。冗談みたいだと思ったからだ。それで過去の訃報をひもといてみた。

『80歳、大腸癌肝転移』、『73歳、心不全』、『87歳、 胆嚢癌』、『86歳、小脳出血』――。まあ、さもありなんという感じであった。現代、基本的に人はなんらかの〈病〉で死ぬのである。否、何らかの病でなければ死ねないとさえ言える。

そこにきて〈老衰〉は、なんとも言えず牧歌的であった。あるいは飼っていた金魚がある日ぷかりと浮かんでいたような。その時の感情は、号泣よりもほろりであり、亡くなったというよりも死んじゃったという感じである。昨今の斎場で行われる、色んな意味で華々しいかしこまった葬式が不似合いな、野っ原で薪を集めて荼毘にふすのがふさわしいような雰囲気がある。

それはすべての人にとって、特に老境に差し掛かった者にとっては、ほとんど憧れでさえあるだろう。なんと言っても、日本で老衰で死ねる確率はわずか4.8%なのである。
参照元:「老衰」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2015年12月14日 (月) 07:13 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

幸福の門は狭い。宝くじで300円が当たる確率(10%)よりも断然低い。これから死んでゆくのは特に団塊の世代と呼ばれる人たちであるが、彼らが生きてきた一億総中流の感覚からすれば、これはもうきっぱり「庶民には関係がないこと」だと諦めねばなるまい。

さらによく言われるのは、畳の上で死にたい。そして自宅で死にたいということである。しかし、これまたその願いは高嶺の花と言わざるを得ない。厚生労働省が発表しているデータでは、78.4%が病院での死であり、自宅での死亡はたった12.4%である。
参照元:【在宅医療の最近の動向 - 厚生労働省】http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/zaitaku/dl/h24_0711_01.pdf

つまり、老衰かつ自宅で死ねる確率は悲しいかな約0.6%足らずなのである。まともな人であれば、まさかそんな確率をもとに人生設計などするはずがないだろうが、しかしどうして、幻想にも近いそれを頑なに望む人は少なくない。

四の五の言わずに諦めるべきではないだろうか。現代の食生活や先進医療と自然死は明らかに対立する。豊かで便利な人工的生活を享受するのであれば、やはりそのように不自然に死ぬしかないのである。

そもそも大半のお宅に神棚や仏壇さえもなくなって久しい。我々の住まいには、もはや死人はおろか手指の他愛ない雑菌さえ忌み嫌われ、負の要素、陰気な事物の一切の居場所はないのである。それを追い出したのは、もちろん我々である。我々自身も生きているうちはいいだろうが、例によって追い出されるのは時間の問題であろう。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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