植民地主義は楽しい
日本に一時帰国すると、なにはなくとも訪れるのが居酒屋である。
地元の行きつけの店ともなれば、なじみの面々が気恥ずかしくなるほど歓迎してくれる。
壁に張られたお品書きに一通り目を通す。しかし結局はメニューを見るまでもない瓶ビールと枝豆を注文する。
外は夏の盛りの酷暑の一方、店内はどこかの避暑地を空間ごと切り取って持ってきたかのように涼しい。そもそもエアコンなどないオランダでは味わえない、極めて人工的な愉悦である。
ビールを流し込む。一息ついて、枝豆をかじる。またビールを流し込む。言うまでもなくうまい。喜びを噛み締めつつ値段を確認する。
キリンビール中瓶、680円。脳内でユーロ換算する。現在1ユーロは約182円なので4ユーロ以下。枝豆150円。1ユーロにも満たない。思わずニヤける。
オランダで1ユーロ以下で買えるものなど何もない。なんなら小便もできない。タダでトイレを借りられる店などなく、駅のトイレさえ有料である。
ビールを飲み干す。続いて日本酒の小瓶を注文する。750円で4ユーロ。安い。安すぎる。タイの刺身を注文する、580円で3ユーロ。バカとかクソとか、品のない形容詞をつけたくなるくらい安い。
ゴミのような値段だと思う。日本はインフレで物価高、国民は窮乏の一途と言われて久しいが、ヨーロッパで暮らす身からすればまごうことなき激安天国である。
海外からの旅行客が爆買いするのも無理はない。向こうの常識からすれば、何もかも正気の沙汰とは思えない。
自国ではためらうようなホテルや食事、サービス、商品が、冗談みたいな値段で買えてしまうのだ。いきおい富裕層になった心持ちになっても不思議ではない。自然、気も大きくなり、ついでに態度もでかくなろう。
安く手に入ること、つまり「得すること」は人間にとって快感なのだ。
コロンブスを思う。大西洋を渡り、先住民を奴隷として連れ去り、土地と富を奪っていた時、彼もまたこの種の快感を覚えていたのではないか。
あるいはレオポルド2世。ベルギー国王でありながらコンゴ自由国を個人の所有物のように支配し、住民を強制労働に駆り立て象牙とゴムを搾り取り莫大な利益をあげた。ノルマを達成できなかった者は両手を切断された。
それにセシル・ローズ。南アフリカでダイヤモンド鉱山を買い占め天文学的な富を築いた。抵抗する人々は機関銃で掃討され、家々は焼かれ、洞窟に逃げ込んだ人々はダイナマイトで爆破された。
植民地主義を推し進めた彼らは、いっそ失神するほどの快感を味わったのではないか。
むろん、私は暴力を行使しているわけでも、搾取しているわけでもない。しかし、この「自国では高価なものを他国で安価に手に入れる」という感覚は、どう考えても人間の持つ暴力性を内包している。
それこそ昨今、当の日本人には躊躇するような値段のモノやサービスを平然と買い漁る外国人に対し、利益よりも非難めいた声の方が大きいのは、そこに非人間的な倫理感の欠如を感じてしまうからではないか。砕いて言えば、なんかズルいし、損した気分になってしまうのだ。
とはいえ、日本人もまた同じ穴のムジナで、人のことをとやかく言う資格はない。
1980年代、バブル時代の日本人は欧米へ大挙して押し寄せ、現地のドレスコードやマナーなどお構いなしに高級ホテルや三つ星レストランを占拠した。ブランド品を買い漁り、土地や不動産まで手を伸ばし、果てはアジアへ売春ツアーに繰り出し好き放題やっていたことは、まぎれもない事実である。
単に今の日本は貧乏になって金がないだけで、もしまたいつか富裕国に返り咲き、先進国の地位を奪還できたなら、ふたたび同じことをするだろう。
なぜなら、楽しいからだ。日本を訪れる外国人が口を揃えて言っているではないか。日本は安い。なにもかもが安すぎる。最高だ。そう、植民地主義は楽しいのだ。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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- 2026/06/10 更新 アンチによるアンチのためのアンチエイジング
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