こんな時代

「こんな時代」だからと人はいう。誰も「どんな時代」かとは聞かない。

外国人なら必ず聞く。「こんな」なんて言われてわかるはずがない。しかし日本人ならわかる。もっと、それがわかることが日本人の証明にさえなる。

我々はあまりに共通のバックグラウンドを持っている。いや、持っていると信じている。しかしその本質は、現実世界の認知能力の乏しさに同調圧力が混ざった幻想でしかない。

「わかるだろ」という言い回しにも同じことが言える。外国人なら絶対に「何が」と聞き返す。日本人だけがわかる。

何がわかるのかと言えば、相手の期待していることがわかるのである。

それが良いとか悪いとかいう話をするのではない。ただ、それは恐ろしく日本人特有のガラパゴスな価値観で、よそでは誰もわからない。

「こんな時代」だからと言って笑い、「こんな時代」だからと言って泣き、「こんな時代」だからと言って諦める。

「どんな時代」かと聞く人はいない。そういう人を、日本人は嫌う。だから日本人は、外国人が苦手だし、はっきり言えば嫌いだ。

だって、うまく説明できない。わかるだろ、空気読めよと八つ当たりしかねない。

つまり、本当は誰も「こんな時代」が「どんな時代」かを知らない、わかってない。「こんな時代」としか言えないのだ。そう、もうずっと「こんな時代」を生きている、我々は。

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新宅 睦仁: 広島→福岡→東京→シンガポール→現在ロサンゼルス在住の現代美術家。美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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