展覧会レビュー/水口鉄人 個展「∞」

  2017/08/22

浅草橋にある「Gallery t」で、水口鉄人 Tetsuto Mizuguchi 個展「∞」を見た。場所・会期は以下の通りである。

Gallery t
〒111-0052 東京都台東区柳橋1丁目9-11
2015年7月23日[木]~ 8月12日[水]
11:00 ~ 19:00 日・月曜日 休廊 

展覧会タイトルの「∞」は、「むげんだい」か「インフィニティ」か「アンリミテッド」かどう読むのかは不明。とにかくはそういう意味だろうと思っておく。

彼の作品は広島市現代美術館の「ゲンビどこでも企画公募2014」で福住廉賞を受賞していたので知っていた。が、写真のみでしか拝見したことがなく、そこからの印象は、正直なところ「ゴミっぽい」であった。

いや、別にまた私が斜に構えて言っているわけではない。作品を見たまんま、素直に説明すれば「真っ白いキャンバスにガムテープがべたべた貼ってある」。それだけなのだ。これを「ゴミっぽい」と言って怒られる道理はないだろう。

そのような予備知識のもとにようやくナマでご対面となったわけであるが、いい意味で裏切られた。写真から受けていた印象「ゴミっぽさ」は影をひそめ、むしろ清潔さ、あるいは整然さがにじみ出ているように思われた。

それは、ナマで見れば、美術の知識が無いふつうの人でも、ほどなくそれが本物のガムテープではないことに気付かされるからだろう。つまり、ガムテープが、何かの素材で精巧に模して作られているということである。

ただ、ふつうの人であれば「どうやって作ったんだろう」と首をかしげるところだろうが、曲がりなりにも美術をやっている私なので、素材として記載のあったアクリル絵具の特性から検討がついた。アクリル絵具は油彩等に比べて柔軟性が高く、絵の具をチューブのまましぼり出して乾燥させれば、それをヒモのようにして”編める”ほどなのである。それを利用して、おそらく、ガラス板か何か平滑な素材の上にアクリル絵の具を薄く伸ばし、乾燥させ、それを剥がして貼り付けたのだろう。

果たして、オープニングのために広島から上京中の作家に尋ねるとその通りであった。うむうむ、そうだろうそうだろう、なんつってもオレは美術家だからな、たいていのことはわかっちゃうわけよと、私が調子づいたのは言うまでもない。

その気分のままに会場を巡る。ガムテープではなくセロハンテープ(を模したアクリル絵具)を貼り付けた100号(162×130cm)サイズの作品が私の気に入った。「ゴミっぽい」どころか「オシャレっぽい」感じさえあった。

いつの頃からか、私はギャラリー等ではなにはともあれ値段を確認するようになった。基本、買う気で作品を見たいというか見ることにしているからである。つまり、要るか要らないか、欲しいか欲しくないか、そういう眼で作品を見るのである。そうしてプライスシートを見ると、セロハンテープの作品(タイトル不明)は28万円とあった。思わず「安っ」となった。かるく買うほどの金はないのだが、家賃を3ヶ月ほど踏み倒すなど、かるく無理をすれば買える値段ではある。

とりあえず、本気で買おうか頭の中で考える。確かに良いとは思うが、そこまで欲しくはないという結論に至る。

他の作品も見る。本物のダンボール箱に、例のアクリル絵具製のガムテープで封をした立体作品があった。このシリーズの展開としては容易に思いつくバリエーションではあるが、主客が転倒しているようなおもしろさがあった。実際の段ボールとガムテープでは、当然のごとく段ボールがメインでガムテープは付属物であるが、ここでは「精巧に作られた」ガムテープがメインとなっているのである。

それは「価値観の転倒」という、現代美術の手法における”テッパン”ではある。ただ、このシリーズに関しては、美術史の転倒をさえ狙える可能性があるのではないだろうか。別に同郷の広島県人を買いかぶるわけではなく、ひょっとしたらひょっとするかもしれないと思うのである。

そう思わせるに足る、先にあげた「ゲンビどこでも企画公募2014」での福住廉さんの講評を紹介したい。

“水口鉄人くんの作品《テープ・ペインティング》は、一見すると「だまし絵」の手法によって美術館の制度を撹乱するノイズとして考えられますが、むしろ絵画の正統として評価するべき傑作だと思います。20世紀の絵画はイリュージョンを否定して平面性を追究してきましたが、やがて隘路に陥り、今世紀以後、イメージの再現性へと大きく旋回していきました。しかし、水口くんの作品は絵画の平面性の上でなお格闘しているように見えます。平面性を追究していけば、キャンバスと絵の具の厚みは限りなく薄くなり、結局はキャンバスと一体化するほかない。ではどうするのか。水口くんの答えは、キャンバスの平面性にガムテープという別の平面性を重ねるというものでした。キャンバスとガムテープはほとんど一体化していますが、あのガムテープのシワの厚みによって、私たちは逆説的に絵画の平面性を強く意識するのです。かつてフォンタナはキャンバスに裂け目を入れて平面性の議論にとどめを刺しましたが、水口くんのガムテープはもしかしたらその裂け目を修繕しているのかもしれません。”

引用元: http://www.hiroshima-moca.jp/dokodemo/archive/index.html

フォンタナが切り裂いたキャンバスを修繕しているのかもしれない、なんて、現代を生きる作家にとってこれほどうれしい比喩表現があるだろうか。ちょっとこれ以上の賛辞は思いつかないし、確かに、なるほどなと納得させられる力がこの作品にはある。

このような文章の流れからすると、だいたい最後は「必見。○月○日まで」とか書くのが定番だが、出不精の私が他人に外出を無理強いできようはずもない。見たい人は勝手に見に行けばいい。見なくても死なないし困りもしない。8月12日(水)まで。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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