ぼくと私の、音漏れと権利

音漏れというやつがある。「やつ」ではなく「行為」かもしれないが、意図的に音漏れさせる輩はそうはいないだろうと思い、「やつ」という曖昧な表現とした。しかし、いわゆる「迷惑行為」のひとつではあるだろうから、やはり行為と呼ぶべきなのかもしれない。

それはともかく、誰でも一度や二度は音漏らす御仁に遭遇したことがあるだろう。その時、たいていの日本人は嫌な顔をする。そして、迷惑ですよという冷たい視線をちらちらと送り、なんとか本人に気づかせ、改善させようと試みる。

私もまた同様である。あのシャカシャカという蚊が群れて飛ぶような不快な音といったらない。だから、私はその音の発生源に対して文句を言う権利がある、あるいは阻止する権利がある、そう思っていた。

しかし、海外に移り住んで、私は考えを改めた。いや、正確には、諦めた。こちらでは、明らかに音漏れ率が高い。私の感覚値では、かるく日本の1.5倍はある。それも音漏れというレベルではなく、むしろ聞かせてくれていると言った方がいい。

にも関わらず、それに注意する人を、今の今まで一度も見たことがない。どころか、嫌悪を示す人すら見ない。これは日本人の私にとって、あまりにも奇妙である。

彼らは、耳が悪いのだろうか。音漏れが不快ではないのだろうか。あるいは、日本人的に切り捨てれば、やっぱり外人だからだろうか。

話はそれるが、以前、シンガポーリアンの友人の家に招かれてバーベーキューをした。そこは高級マンションの中庭にある、吹き抜けの広場であった。そのため、50戸はあろう各戸から、視線も音も筒抜けである。にも関わらず、彼らは大音量で音楽を流し、大声で話し、大笑いし、まったく平気なのであった。それは深夜に及んで、私は案じて言った。日本だったら100%苦情がきてる、下手したら警察もくると。しかし、そこに住んでいて近所の目も気になろうはずの友人はきょとんとして、何が問題なのかさえ分かってはいないようであった。

なんだか、私は、私の感覚の方がおかしいような気がしてくる。そういえば、なぜ、あなたは音漏れをさせてはいけないのだろうか。あるいは、なぜ私は、音漏れを阻止する権利があるのだろうか。

権利とは、常に他者との相互関係のうちに成立するものであろう。だから、こちらが求めれば求めるだけ、相手にも同じように要求される。

それは、束縛し合う恋愛に似ている。何時までに帰ってこい、小まめに連絡を入れろ、異性と会うな、連絡を取るな、云々。それで、楽しいならいい。幸せなら言うことはない。しかし、そんな状態に疲弊しない人はいないのではないか。

そう考えて、ひとり勝手に合点する。日本社会はなぜ息苦しいのか? というようなトピックがあふれる、そのわけを。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

ご支援のお願い

もし当ブログになんらかの価値を感じていただけましたら、以下のいずれかの方法でご支援いただけますと幸いです。

Amazonギフト券で支援する
→送信先 info@tomonishintaku.com

Amazonほしい物リストで支援する

PayPalで支援する(手数料の関係で300円~)

     

ブログ一覧

  • ブログ「むろん、どこにも行きたくない。」

    2007年より開始。実体験に基づいたノンフィクション的なエッセイを執筆。アクセス数も途切れず年々微増。不定期更新。

  • 英語日記ブログ「Really Diary」

    2019年より開始。もともと英語の勉強のために始めたが、今ではすっかり純粋な日記。呆れるほど普通の内容なので、新宅に興味がない人は読んで一切おもしろくない。

  • 音声ブログ「まだ、死んでない。」

    2020年より開始。ロスのホームレスとのアートプロジェクトでYouTubeに動画をアップしたところ、知人にトークが面白いと言われたことをきっかけにスタート。その後、死ぬまで毎日更新することとし、コンテンツ自体を現代アートとして継続中。

  • 読書記録

    2011年より開始。過去十年以上、幅広いジャンルの書籍を年間100冊以上読んでおり、読書家であることをアピールするために記録している。各記事は、自分のための備忘録程度の薄い内容。WEB関連の読書は合同会社シンタクのブログで記録中。

  関連記事

気まぐれ、作品制作過程(1)

2008/11/22   エッセイ

マスキングテープを張って、それを筆跡の形にカッターで切り抜いていく。 地味で地道 ...

わが輩は気分屋である

2012/10/22   日常

いろいろと飽きてきた。 飽きてきたけど、来週の10月30日(火)からは、いよいよ ...

人間万事酩酊が吉

2009/03/21   エッセイ

からしみたいにも見えるけれど、これはかぼちゃペースト。 更新が空いてしまったけれ ...

ぼくたちのありったけの正義

2013/07/18   日常

戦争から万引きまで、正義の秤にかけられることがらは多い。しかし昨今では、正義は" ...

がんばれ自分、あと2週間。と、吉野家のお客様相談室への感謝。

2012/06/01   エッセイ, 日常

タイトルがまるで「がんばれニッポン」みたいなお寒いことになってしまった。が、もう ...

当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。

Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited. All Rights Reserved.

Copyright © 2012-2024 Shintaku Tomoni. All Rights Reserved.