呑みは付き合い、仕事のうち(自腹で割り勘という会社飲み会の功罪)

  2017/08/22

久しぶりに後輩の竹内(仮名)と飲んだ。後輩と言っても、出身や会社が同じわけでもなんでもなく、単に三つほど年下なだけである。

待ち合わせは新宿の西口だった。会うなり、竹内は懇願するように言った。「今日は本気で安い店にしてくださいよ」。むろん、私もそのつもりだったが、その様子はひどく貧しげで哀れっぽかった。私に金があればおごってやりたいところだが、あいにく私にあるのは金は金でも〈借金〉である。

さくらなんとかという、某居酒屋チェーン店に入った。生ビールをふたつ頼む。運ばれてきて乾杯すると、竹内はつくづく会社が嫌になったのだと溜息をついた。

「会社に新しい人が入ってきたんで、歓迎会があったんですよ。ふだんは面倒なんで参加しないんですけど、まあ、たまには顏出しとくかと思って」

竹内は派遣で働いている。割に給料はいいらしいが、長く働いたところで正社員にはなれそうもないと、よくこぼしている。私はビールを飲み飲み、耳を傾ける。

「まあ、ケチな会社なんで、会費が割り勘だってのは知ってました。と言っても、安いコースで3000円くらいのもんかなと検討をつけて出席の返事を出したんです」

私は早くも生ビールを飲み干して、さくらなんとかのプライベートブランドのワインをボトルで頼む。850円。ゴミのような値段である。もちろん味もそれなりなので、コスパがいいのか悪いのかは味覚次第である。

「でですね、費用は後日追って案内すると言われてて、当日に連絡が来たんですよ。それ見て一瞬でキレましたね。5000円ですよ、5000円。どこの馬の骨ともわからない奴を歓迎するのに5000円も払うってどういうことですか?」

「いや、おれに言われても。そういうこととしか」私は笑いながら言った。「まあ、おれだったら、絶対に行かないけど」

「でしょう? 後出しジャンケンもいいとこですよ。最初から5000円って案内されてたら、絶対出席なんかしませんよ。なんでたいして仲良くもない連中に囲まれて飲むのに5000円も払わないといけないんですか? むしろ全然仕事ですよ? 仕事して5000円取られるって、どんなブラックだよって感じですよ」

竹内は漫画みたく目を吊り上げて、早口で言った。私は人の愚痴や不幸話が好きな性分なので、いい肴になると思いつつワインを舐めた。

「どこのだれが会社の飲み会に5000円も出すんだよバカ! って、昔あった登録制の日雇い思い出しましたよ。金ないから働こうとしてんのに、その前に作業着を自腹で買わなきゃいけないっていうクソさとまったくおんなじ」

「でもまあ、5000円も払えばいいもん食えたんじゃないの?」そう言うが早いか、竹内は首の骨を外さんばかりに顏を左右に振り回した。

「信じられないほどしょぼかったっス。夏も近いこの時期に鍋なんか出てきて、あとは、フライドポテトとサラダくらいのもんで、ハ? これのどこに5000円もかかってんだ責任者呼べよってなもんで」

中途半端なべらんめえ口調がおもしろい。「だとすれば、飲み放題でもかなり種類が充実してたとか?」

「いや、そこも最低っス。まさかの生ビールがないんスよ。代わりにオススメって書いてあって、『淡麗』って、それビールじゃなくて発泡酒だろうが! って、もうすべてが狂っててわけわかんないんス」

心底混乱して取り乱しているような竹内だが、逆に私はにやにやが止まらない。

「で、しかもですよ。なんでか上司の隣に座ることになっちゃって、ずっとわけわかんない話しされて、『住宅ローンは、繰り上げ返済が基本だよ』とかなんとかって、知らねえよバカ、そもそも家買う金なんかねえよって」

ふたたびべらんめえ口調を繰り出され、思わず口からワインを漏らしてしまう。

「百歩譲ってもこれは仕事ですよ。むしろ手当て出せっていうレベル。なんで会社で働いてる人間ってのは、ああなんですか? 部長なんか、『今日は楽しい飲み会だ』とか張り切っちゃって、いや、楽しいのはあんただけだって」

「まあ、そういうもんなんだよ。仕事ってのは。嫌なことするからお金がもらえるんであって」

「ちょっ、もらえてないっス、めっちゃ取られてるっス」竹内は両手を突き出して否定した。

「確かに、な。じゃあさ、5000円払って何が出てきたら納得できてたの?」

「何が出てきても納得なんかできっこないス。5000円あったら、昼飯が10回食えるし、風俗で一回はヌけるし、とにかくけっこうな金額ですよ。とりあえず、5000円も払って嫌なことをさせられたっていうのが、腹が立ってしょうがないんス」

「なるほどね。もう二度と行かないってことで」

「当然ス」鼻息荒く、宣言するように言った。

「飲み会に出たら正社員にしてくれるって言われたら?」

「行くっス」

「社畜の準備でもしとけよ」

結局終電ぎりぎりまで飲んで、次の日は二日酔いだった。竹内も昨日は楽しかったけれども久しぶりにゲロを吐いたとメールがあった。しかしそれでも一人3500円で済んだ。私は逸楽の代償として痛む頭を押さえながら、気を使って話を合わせてお酌してお愛想ふりまいて5000円払うとか、とてもじゃないが必要悪な付き合いの範疇ではなく、まったくもって他人の金も人生も奪う立派な犯罪だよなと思った。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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