ひっこしのあとさき

家の中が恐ろしくきたない。下手な泥棒が入ったとて、もうちょっとマシな荒らし方をするのではないかと思われるほどである。

引っ越し直前とはいえ、ここまで荒れたことがかつてあっただろうか。

家がきたないと、気持ちも荒んでくる。これはよく言われる話で、人間は、わかりやすく環境に影響されるのだ。孟母三遷の教えは現代でも十二分に正しいと思う。

ゴミに埋もれた暮らし。まあ、正確には家財であるが、ゴミと表現したほうが正確だろう状況なので、あえてそう表現したい。

そうしてゴミの中で、先ほど買ってきたお弁当を食べる。半額のシールが貼りつけられている。200円だった。これと、白ワインを一緒に飲む。白ワインは開封して数日ほど常温で放置されており、心なしか酸っぱい気がする。いや、正直に告白すると明らかに酸っぱい。もちろん、製造者の意図していない酸っぱさである。

それは、考えようによってはぼくが作った酸っぱさとも言える。ちょっとした醸造家である。今年は悪天候が続いた関係で、少々酸味が強い。しかしその酸味が、肉料理のお口直しにぴったりでしょう。どうぞご賞味ください。

まずい。とってもまずい。でも、取り急ぎ我が家にはこれしかお酒がないので、飲むしかない。一応晩酌のつもりだが、おいしくもなんともない。でも、とにかくは胃袋におさめて夕食が終わる。

一日が終わった気がする。しみじみと、一日が終わってしまったなあという感じがする。ベッドのわきにほとんど倒れこむようにもたれかかって、酸味の効いたワインを、ちびり、ちびり、やる。

引っ越しのための作業は、まだだいぶ残っている。今まで何度も引っ越ししてきたが、こんなに大変だと思ったことはなかった。何が違うのだろう。

荷物のすべてを捨ててしまいたい。気が重い。すごく、しんどい。

もう、若くないんだなと思う。こうやって、ひとつひとつ、今までわけなくこなせていたことが、億劫になってゆくんだろうなと思う。

ちびり、ちびり。今やるべきことは、服を詰めたり、食器を詰めたり、カーテンをはずしたり、絵を壁から外して梱包したりと、ああ、腹立たしいほどの作業の山々。

詰めたって、すぐに開ける。積極的な価値のない、くだらない作業。いつか、そう遠くない未来、こういった作業にぼくはお金を払うようになるだろう。

かつては引っ越し自体も、業者なんて使わず、友人連中に頼んでレンタカーで汗水垂らしてやっていたものだ。それが楽しかったのだし、ぜんぜん苦ではなかった。だけど今では、当然のように業者に見積もりを依頼し、そのままお願いをする。

今までのように友人に頼もうとしても、みんな大人になって、家庭だって持っていて、それぞれが忙しく暮らしている。もちろん暇な時もあるだろうけれど、そもそも何かを頼むのが億劫で、面倒なのだ。せいぜいが2、3万ほど安く上がらせるために、友人に時間と労力を割いてもらうことを考えると、難なくお金を払うという選択をしてしまう。

友人らが、以前のように、心安いものではなくなった。”壁”と言ったらおおげさかもしれないが、しかし、確かにその壁は、厚く、高くなった。

とはいえ、もうこの壁をどうこうしようとは思えないし、思わない。そういうものなんだと思う。

人生のある一時期を、いくら熱っぽく、全身全霊をかけて関係したとしても、いつかは離れてゆく。その恐ろしいほどのあっけなさは、悲しい虚しいを通り越して、もはや笑うしかない。

親友や恋人はもちろん、家族だってそうだ。どんなに素晴らしい関係も、今だけだ。

でも、今だけだから、少なくとも今だけは全身全霊をかければいいのだし、今だけだからこそ惜しみなく情熱を注ぎ込めるのだと思う。

なんか、いろいろ大好きだったけど、いまはもう、大嫌いだよ。というか、死ねよ、なんて。

ちびり、ちびり。ぼんやりと考える。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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